![Photo_25 Photo_25](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/9e/85179e3a7cfc6971665868e1a297c8c1.jpg)
4年ぶり2度め(甲子園の出場記録のようだ)のファンレターが来た。
*30歳代のころ挿し絵の他に社会風刺のイラストを描いていた頃には、読者から出版社宛に抗議の手紙(不安レター)をもらったことは度々あった。
4年前は熊本から、今度は香川からで共通点は手紙をくれたのはどちらも小学校の2年生の男の子だったことと、二人とも私(の工作)との出合いはホームページではなく私の本だったことである。
ひとりはお母さんの代筆だったが、もうひとりの子は自分で手紙を書いてくれていた。
そして驚いたことに、手紙をくれた二人の子たちは私のクラフトが他の本の作者たちと違うところを認識していて、そこがおもしろいと手紙をくれたのだった。
私の孫も小学校の2年生になるが、他の工作の本との違いなど認識出来ないし、また著者に手紙を出したいなどという発想も無さそうだ。
いや孫どころではなく、私自信の小学校2年生の60年前を振り返ってみても、作文、音楽、図工など自己表現に関わる科目も親や教師の顔色をうかがって主体性をもった表現などはできなかった。
まして他人の持ち味の評価などとても出来る年令ではなかった。
他人の評価ができるということは、その前に自分を客観的に把握していないと出来ないことで、「もーさんはすごい!」という手紙をくれた二人の小学生は、私から見れば幼くしてその違いを理解出来た能力の方がすごいと思う。
1970年代は主に出版物に原稿を描いていた関係上いろいろな作家と接する機会があったが、その人たちの多くが早熟系だったことを考えると、手紙をくれた少年たちの将来を見届けたいという気持ちが湧いて来る。
しかし、少年たちの能力が開花する20年先までこちらの頭がはっきりしたまま持ちこたえていられるかどうか自信がない。
*「各地出前教室」のページも本日ブログに置き換え、2004年以降掲載が滞っていた記事も今年の8月まで一挙に掲載し、あなたの街で行った工作教室、研修会もやっとアップ出来ました。