もーさんのひとりごと

ここでは工作に関する話の他に趣味の家庭菜園の話、時事(爺イ)問題、交友禄など日々の雑感を気まぐれに更新していきます。

52年目の初対面

2006年08月28日 | 雑記
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常滑焼きものまつり会場での工作教室



 昨日愛知県の常滑(とこなめ)市で開催された常滑焼きまつりの会場で行っていた工作教室に光っつあ(みっつあ)が来てくれた。
 光っあというのは、高校生の頃の同期生だが68歳となった昨日が初対面であった。
*愛知県の一部の地域で、相手の名前の後につける◯◯さんという敬称の語尾の「ん」の音を発音せずあきさ、ともさ、光っつあと呼ぶ地域があり、私も高校時代はもーさと呼ばれていた。

 高校の同期生で入学時点から数えれば52年ぶりの初対面というのは特別な事情があったわけではない。
 昭和30年代のはじめの学校は1クラスには50数人もいて、そのうえ9クラスもあったから同期生は500人近くもいた。
1年ごとにクラス替えがあっても一度も同じクラスにならない同期生がいても不思議ではなく、部活でも同じでない限り、名前も知らないままの同期生がいっぱいいた。

 世話好きの光っつあはその後、県立高校の校長などを務める現役の頃から同窓会、同期会などの世話人を務めてくれて、なかなか同窓会にも出席出来ない私にも毎回案内状をくれていた。
 そんな彼は退職後、趣味で「光っつあのホームページ」(このサイトの「面打ち」のページが興味深い)を開設したこともあって、互いに面識もないままながら、メールによる交流が始まった。

 そして、私の「ひとりごと」から常滑市で私の工作教室があることを知った彼は、同じ愛知県内とはいえ2時間近くもかけて足を運んでくれて、52年めの初対面となった次第である。
 今回アップした常滑焼きものまつりで、ステージショーとして行った工作教室の写真は光っつあが客席から撮ってメールで送信してくれたものです。

 




試験的工作教室

2006年08月23日 | 雑記
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接着剤の使い方が難しかったけど・・・

 昨日(22日)は私にとっては実験的な工作教室を行ってきました。
 実験的という意味は、内容的に大勢の子どもたちに指導することができるのか?
 学齢の低い子どもにも説明が理解してもらえるのだろうか?
 製作時間はどれくらいあれば出来上るのだろうか?
 などなど、不明要素がいっぱいの教室だったのです。
 
 作った工作はこのホームページにも掲載している「あ!機関車」です。
 これは、さほど難易度の高い工作ではないが、接着剤の使い方が複雑で、この使い方を3年生から6年生の子どもたちが理解してくれるかどうかがカギだった。
 
 普段の工作教室では当日の指導は全体の10%くらいの比重で、実はその前の材料道具の調達と加工に90%を要していて、50人程度の工作教室を行うには見えないところで3~4日の作業をしているのですが、この日の教室は子どもたちの理解度を確認しつつ、説明を変え、ホワイトボードに書く文字はすべて平仮名で書き、学齢の低い子の席ではマンツウマンに近い指導をするなど、準備に50%、当日の指導100%の試行錯誤の工作教室でしたが、結果は写真でわかるように全員が見事にがらくたで機関車を作り上げてくれました。

 しかし、今回の成功は実際には3時間で完成したが、会場を4時間キープしてもらっていたり、参加者を3年生以上、人数も20人と制限してもらうなど主催者側の配慮と、子どもたちの理解度によるところが多く、
この機関車作りがどこででも出来るようになったわけではない。 
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3年生の女の子にも出来ました。









 この「ひとりごと」をブログに置き換えて書き込みが快調になったことから、「遊びの歳事記」もブログに置き換えてみました。
 「遊びの歳事記」は長い文章なので、読みづらいきらいがありましたが、ブログ化によって、一層読みやすいページにすることもできましたので、こちらへもお立ち寄り下さい。
「遊びの歳事記」は月に1~2度の更新ペースになります。





この夏最後の工作教室

2006年08月20日 | ご案内
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ユラユラと首をふるたのしい「首振り人形」



 8月27日(日曜日)の常滑焼きまつりでの工作教室の詳細が決ってきました。
 会場での工作教室の形態は、常滑競艇場会場のステージイベントとして午前10時~11時、午後2時半~3時半の2回(各回30名の小学生)、2回ともそれぞれガチャポンバードと、首振り人形の2つの工作の製作を行います。
 ガチャポンバードはこのホームページにすでにアップしていて、皆さんもごぞんじの工作ですが、「首振り人形」は「エッこんなもので・・・」と笑ってしまうくらい簡単な仕掛けで作る愉快な人形で、ホームページには9月にアップする予定の新作です。

 愛知県には2002年の夏、スチール缶リサイクル協会のイベントで、新日鉄ホールに行って以来のことで、高校卒業(県立愛知商業)までを名古屋で過ごした私にはなつかしいところです。
 とは言うものの、私が名古屋に居た頃はまだ市電が縦横に走っていて、地下鉄は名古屋駅⇔東山動物園の間しかなく、東山から先は山深い奥地といった感じで足を踏み入れたことのない土地でした。
 私の頭の中の名古屋市はいまだに市電の路線図を基本にしてインプットされているから、稀に名古屋に行く機会があっても、市電の線路のなくなりすっかり景色の変わってしまった今は名駅前、栄町、大須周辺くらいしかわからなくなっている。

 閑話休題 常滑焼きまつり会場での工作教室は、都合120名分の材料の他に、工作教室に参加出来なかった子どもたちのために「作り方」のパンフレットを配りたいという主催者からの要望が入り、22日の辻堂公民館(藤沢市)で行う実験的工作教室の準備と共に、工房はにわかに緊迫状態!
 あっ! 今日22日は地元の青少年指導員さんが行う工作教室の応援に行く日だった。
 急いでこの「ひとりごと」をアップして出かけなくっちゃぁ。



高松塚の次は高松でした

2006年08月07日 | 雑感
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こんなのができました



 先週の奈良での工作教室に続いて、5日6日は香川県の高松空港に隣接した「さぬきこどもの国」での工作教室でした。
 ここでは奈良のように徘徊?するコースはなく、筋肉痛の起きる心配はなかったが・・・

 香川の元気な子どもたちに混じって、たまたま香川に帰省中の関東地方の親子もいて、2日間でおよそ160組の親子に「がらくた宇宙船」作りを楽しんでもらいました。
 宇宙船作りはラッカースプレーをするという工程があるため、冷房の効いた会場とテントはあるが炎天下の屋外を行ったり来たりで、一日4リットルの水分を補給しながらも、たのしいひとときで、子どもの目線に立って子どもと一緒に楽しむことができる親がまだまだ多いことに私はホっとした工作教室でした。

 勉強一筋を強いられた子どもたちがたどる不幸な結果が問題となることが多い昨今、自分の果たせなかった夢を子どもに託して、まともな口のきき方も教えられないまま親の夢に子どもを追い込むことがもてはやされる昨今、ゆとりの気持ちのないギリギリ人間、うまくいっても専門バカ、悪くすればその子の人格を破壊してしまうような鉄道オヤジ(自分の敷いたレールの上しか進路として認めない親)が多くなっているようで心配です。
 最近のテレビ、新聞の報じるニュースを聞くにつけ、こんなことを思うのは老婆心でしょうか。
 私は男だから老爺心と書くのかな?
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会場のあちこちで見られた家族の笑顔