?田辺聖子さんの専用原稿用紙、アップにしてみると枠の外に田辺さんの名前と住吉・真生納という作家に原稿用紙を納めていた会社の文字がある。
右の野坂昭如さんの原稿用紙にも相馬屋製の文字が見える。
前回は出版社の原稿用紙の話だったが、小説家の側では 出版社が用意したものや小学校の前の文房具店で売っている既製品の原稿用紙ではなく、紙質やマス目のサイズなどにこだわった独自の原稿用紙を使う人も多かったようだ。
私など文章を専門に書くわけではない人間には原稿用紙など何でも良かったが、それでもイラストレーションを描くときには、いろいろな紙質やペン先を試した結果、自分のタッチを表現するのにはパイロットの製図用インクにペン先は日光ペンの253番、紙はミューズタッチというこだわりを持っていて、この道具でスピードを殺しながら引く線の味を楽しみながら描いていた。
作家も自分の思考のリズムに合った筆記具と紙質とのバランスにこだわりを持っていたものと思われる。
関西の遅筆で有名だったある劇作家の専用の原稿用紙はひときわ変わったもので、ひとマスの横幅は普通の原稿用紙の2倍という特殊なサイズだった。
「今 届いた原稿を翻訳をしていますから、あと2時間程したら・・・」
という変な電話が◯◯編集部から入った。
翻訳????
二日前に入るはずだったある劇作家の小説に絵をつけてほしいと言う依頼は以前にあったが、それが外国の作家だったと言う話は聞いていなかった。
最初の予定より二日遅れ、さらに数時間後に私の手許に届いた原稿は、悪筆という言葉があるが、そんな言葉の範疇にはおさまり切らない文字と言うより記号の羅列で、印刷にまわすためにも挿し絵を描くためにも、その記号を文字に置き換えねばならなかった。
翻訳と言うのはその作家の原稿を読むことのできる数少ない編集者が書き直す作業のことで、横幅が2倍ある原稿用紙の升目は、読める文字に書き換えるためのスペースだった。
私が直接に出会った例ではないが、作家で政治家という某氏も悪筆らしく、それゆえに某氏は原稿と共に自分で原稿を読み上げたテープもセットにして渡されるという。
あるときテープの音声は読み進んで行く内に一時中断し「ン・・・・一文字置いて」と書いた本人すら読めなかった字を読み飛ばした音声が入っていたと言う伝説を聞いたことがある。
かって弁護士にして流行作家という某氏の原稿に絵を添えてほしいと言う仕事で、読み進むうちに防衛庁の統幕議長と書くべきところ<投爆議長>と記述してあった。
タレントの書いた原稿ではなく教養のある弁護士にあるまじき間違いと思って編集者に電話をしてみたところ、その原稿の弁護士作家は多忙で自分でペンを持つ暇がなく、テープに吹き込んだ音声をライターが口述筆記したもので、<投爆>の誤記はライターの青さだったことが分かって安心した。
念のために付け加えるなら、この話は今から30年くらい前の話で、昨今TVタレント化している軟派系の弁護士センセイたちの話ではない。
某作家の家に泊まり掛けで原稿を取りに行った編集者は、君が一緒に起きていても、早く書けるわけではないから、君は隣の部屋で寝て待っていなさい、書き上げたら起こしてあげる・・・と言われてそれではと眠りについて夜中に目がさめて小説の進行状態はと隣の部屋を覗くと、先生も机にもたれて眠っていたという。
都筑道夫さんの「退職刑事」という推理小説シリーズの挿し絵を描いていた時には、原稿を最後まで読んで描いたことは一度もない。
やはり遅筆作家で原稿が間に合わないのである。
小説雑誌の連載でも読みきりの短編小説でも原稿枚数はおおよそ30枚くらいだが、そのうちの15~20枚くらいの原稿を渡されて挿し絵を描くが、一番少ない時は冒頭の3枚だけの原稿とあとは<絵組み>といって、どんな場面の絵を描いておいて欲しいと作家から指示された内容の絵を描いておくしかないこともあった。
阿奈井文彦さんとは「面白半分」をはじめ「夕刊フジ」「オール読み物」などで同行取材のルポをいろいろさせてもらったが、いつも私の絵の方が先に仕上がり、阿奈井さんは締めきり日を過ぎたころ任意出頭?をして面白半分社の編集室で缶詰めになって原稿を書いていた姿をよく見かけた。
原稿用紙の話から遅筆作家の裏話に発展をしてしまったが、皆さん、この話は内緒話ですからブログなどに書いたりしないでここだけの話としておいてくださいよ。
ブログに書いているのはお前じゃないかって?
ホントだ! どうしよう。