もーさんのひとりごと

ここでは工作に関する話の他に趣味の家庭菜園の話、時事(爺イ)問題、交友禄など日々の雑感を気まぐれに更新していきます。

工作教室二題

2011年11月28日 | 工作教室

 ・・・というわけで、本日は工作教室の豪華2本立てです。

 いきなり<というわけで>と言われても、どういうわけだかわからないじゃあないか!
 それに豪華2本立てなんて場末の映画館の古い惹句も50歳以下の人には分からないかもよ。

 実は、急な不幸がありましてナ、その記事をアップするために予定をしていた工作教
室のブログの記事がアップできなくなってしまい、またその間にまた東京での工作教室、ボランティ
ア畑でのボーイスカウトの長芋掘りなどの行事が連続して、ちょっと混乱していました・・・というわけなのです。

 で、前回のブログ「面白半分・完全終焉」はどの新聞よりも早い記事になり、私のブログをウォッチ
してくださっていた二人の方がその友人葬に間に合って臨席してもらうことが出来たと言う功徳もありました

 やっと本題に入ります。
 
11月19日(土)に海老名市立社家(しゃけ=地名です)小学校の「ふれあい教室」で工作教室を行ってきた。
 社家小のふれあい教室は空手、サッカー、折り紙、工作、手芸などなどに分かれて、親子で好みの授業を受ける日で、私の工作教室では「紙皿で作る立体壁掛け」を作ることにしていたが、40組(80名の親子)を越える希望があり、ひとつの教室には入りきれず、1時間ずつ2組に分かれての工作教室となった。

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 地域のボランティアの講師による授業は、ともすれば疎遠になりがちな昨今親子が同じ教室で学ぶという試みは、ここで得た知識や技術より親子にとっては得がたい時間になったことと思われる。

          

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11月26日(土)東京都台東区の社会教育館まつりでの工作教室は、上野近辺の子どもたちに「動く紙皿工作」「首ふり人形」の制作指導をしてきました。

 但しこの会場では、私が指導をするのではなく、教育館で開講中の「大人のリサイクル工作」の受講生の指導実習の場として行ったものですが、受講生の皆さんは初めての体験にもかかわらず子どもたちの喜ぶ笑顔に励まされて疲れも見せず、終わってみればあっという間の2時間でした。

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面白半分・完全終焉

2011年11月19日 | 芸能ネタ

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1970年代にサブカル雑誌として名を馳せていた「面白半分」

 広告業界のイラストを描いていた私が出版物に発表の場を移したのは月刊「面白半分」が創刊された1972年からだった。

 当時五反田にあった面白半分社の編集室に私は「亀松噺」という絵物語の原稿を持ち込んだ。

「私の判断では何ともいえないが、明日編集長の吉行(淳之介)さんとの打ち合わせがありますので聞いてみます」
「面白半分」の発行人佐藤嘉尚さんはそう言ってくれて、明くる日の夕方に電話で吉行さんからOKが出て連載が決まった旨連絡をしてくれた。

 それが私の出版界へのデビューの発端で33歳のときで、その後40年近く牛坂浩二のペンネームで小説現代、オール読み物、問題小説、夕刊フジなどなどで挿絵やパロディー、社会
風刺、イラストルポなどを描かせてもらうきっかけとなった。

 
 その恩人の佐藤さんが今日亡くなったと報せを受けた。

Photo_2  新宿の居酒屋で飲む面白半分の残党たち

 5日前に、新宿の居酒屋で面白半分時代の執筆者仲間だった阿奈井文彦さんと当時の編集者と一緒に酒を飲んで自宅療養中の佐藤さんの容態を気遣っていたところだったが、そんなころ彼の容態が急変していたらしい。

 歴代の編集長をはじめ、面白半分の関係者たちの大半はもう三途の川を渡ってしまっているが、その中心に居た佐藤さんも向こう側に逝ってしまった今、完全に面白半分の時代は終わってしまったようだ。

 しかし、佐藤嘉尚さんの急逝を残念がっているのは残っている者たちだけで、本人は意外としたたかに先に逝ってしまっている人たちと「面白半分・あの世版」の発行準備をしていて、残る私たちが来るのを待っているのかもしれない。

  振り向けば 鬼籍の人が 多くなり (も助) 

 それでは嘉尚さん、行ってらっしゃい・・・合掌


ボウズ

2011年11月14日 | 子育て

「爺ちゃ~ん!」
 早朝6時半ころに近くに住む小学校1年生の孫から電話がかかってきた。

 孫がこうして語尾を伸ばして私に呼びかけてくるときは何か頼みごとがあるときだ。

「今日学校から帰ってから釣り出来ない?」
 最近になってどういうわけか、急に魚釣りに興味を持ち出したようで、しきりに釣りの話を私にするようになっていた。

 そして先週の日曜日には釣竿を持っているかと尋ねるから、20年前に世田谷から海老名市に転居をした当時に私自身が子ども時代の記憶を呼覚まされ、昼の休み時間には仕事場の近くの小川で釣り糸を垂れていた頃の3本つなぎの釣竿を見せてやると孫の目の色が変わりテンションはピークに達した。

 これまでは枯れ枝に凧糸を結んだだけのザリガニ釣りの道具しか見たことのなかった孫は「本物」に出会った興奮で頭の中は<釣り>一色になって、すぐにでも釣りに出かけたいと言い出した。

 しかし、今日はそろそろ日暮の時刻だし、餌のミミズも急には探せないので、今度の日曜日には釣りをしようということでようやく納得をさせて帰らせた。

 しかし本物の釣竿を見てしまった孫はもとても1週間も待てずに二日後に電話をしてきたのだった。

 畑で釣り餌のミミズを掘り出し、フナ釣りの仕掛けを調整し孫の帰宅を待って畑の近くの小川に着いたときはもう午後3時半を回っていて、この季節の太陽はもすでに夕暮れのような傾きをしていて、釣りのできる時間は限られている。

 加えて気温も下がってきたことから魚の食いも悪くなっていて、1時間ほど糸を垂れてみたがやはり釣果はゼロだった。
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 このままでは帰れそうにない孫のためにこんなこともあろうかとあらかじめ準備もしていたことがある。

 ポケットに隠し持ったパンの耳を出して、孫の気持を釣りからカルガモの餌やりに切り替えさせる作戦だ。

 作戦は見事に功を奏し、カルガモ相手の餌付けを堪能してやっと帰路についた。

「今日みたいに、が一匹も釣れなかったときのことを坊主というんだよ」と教えておいたが、夜になって会社から帰ったパパに魚釣りの様子を聞かれた孫はただ一言「ボウズ」と答えたそうだ。 
  


選挙戦

2011年11月08日 | 雑記

 海老名市では13日が投票日で、市長と市会議員の選挙戦が始まった。

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 自分が経営する会社の商売を有利な立場におきたいための候補者、定年後の再就職のつもりの候補者、前議員が高齢で引退するために政党の勢力維持のために議会の席を確保せねばならない、いわば花見の場所取りのような役目を負った候補者などなどが多く、本気で市や住民のことを考えている候補者は何人居るのだろう。 

 友人の住んでいた人口5万人程度の地方都市の市長選挙では、応援をした市長候補が落選してしまうとその街では商売がしにくくなるということで、商売をしている家では親と子、兄弟、夫婦がそれぞれ別々に対立する二人の候補者の選挙事務所の手伝いに行き、どちらが当選をしてもいいように保険をかけておくということをしていたが、不動産業を営むある夫婦は、選挙戦白熱しだすと互いに本気になってしまい選挙後には離婚をしてしまったということもあったという。

 地方都市とはいえ、人口12万人の海老名市ではそんな心配はいらないが、候補者たちはそれぞれの事情を抱えて今日も団地の周りを選挙カーが行き交い、候補者同士ではなく巡回営業の便利屋、移動販売の八百屋などと今日もマイク合戦になっている。

・・・海老名の皆様と共に傘の修理、包丁研ぎを行ってきました。市議会では包丁研ぎは機械ではなく 子どもたちの未来を手研ぎで行っていま~す
 


ポポ

2011年11月03日 | 雑記

 ポポ、ポーポー、またはポポーと称される珍しい果物を知人からいただいた。

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 宅急便の荷物を開けると甘い芳香が部屋いっぱいに広がる。
 すぐにでも食べてみたいが、より美味しくいただくためにグッと我慢をして冷蔵庫に入れて冷やす。
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 外観はアケビの実に似ているが、果肉はねっとりとした食感でどちらかといえばアケビよりマンゴーに近くてすごく甘い。

 大きなタネが数粒入っていたので、珍し物好きの私はこのタネを植えてみたくなり、早速ネットで調べてみると、耐寒性があり当地でも育ちそうだが、3~4mにもなる落葉樹らしく、借りている畑では栽培が無理だとわかった。
 
 もうひとつのネックは、実生(ミショウ=タネを発芽させて育てる)では結実するまでに5~6年はかかるようで、
とてもそれまで生きている自信がない。

 残念ながらあきらめるしかなく、タネを残しておくと未練が残るから捨ててしまった。

未練残しちゃ男がすた~る んんん~ん 月は今夜ャ~も一人旅ィ~ ってね。

 何 それ 
 高田浩吉の「名月佐太郎笠」だよ。

 それって誰? テレビでやっているジャパネットタカタのおじさん?

 そうじゃあなくった歌う映画スターといって、歌いまくって斬りまくる有名な時代劇スターを知らない?

 いつごろの人なの? まだ恐竜がいたころ?

 そんな昔じゃあないよ! 私が中、高校生の頃だから50年くらい前のことだナ。

 俺が生まれる前のことなんて、知ってるわけないだろう。

 そうだ、そうだ高田浩吉の話じゃあなく、ポポの話だ。
 果肉の感触はアケビではなくて、どちらかと言えばマンゴーに近くて完熟した果肉は口の中でとろけるネ。

 あまりのうまさに、自分でも栽培をしてみようと思ったが、いろいろ難しいことがあって無理そうだから未練が残らないようにタネを捨ててしまったんだよ。

未練残しちゃ男がすた~る・・・

 あれ! 話がまた元に戻っちまいそうだから今日のブログはここまで