暑い、今日も暑い。ジトッとした熱気がまとわりついています。振り払おうとしてもねっとりとへばり付いて、なかなかのことでは、離れようとしません。これが、いわゆる梅雨特有の湿気。体調を崩す学生が出ても不思議ではありません。
とは言え、「課外活動の日(金曜日)」は、別。久しぶりに童心に戻って、学生たちははしゃいでいました。いつもそうなのですが、新しい先生が、一緒に課外活動に行くと、「みんな仲がいいですね」と感心してくれます。学生数は、わずか42人ほどでありながら(卒業生が1人混じっています。彼女は一昨年の七月に来たので、鎌倉行きに間に合わなかったのです。それで、卒業前から今年の鎌倉には一緒に行くと言っていました)、国の数は10ヶ国にもなります。もし、民族数で計算すれば、その数はもっと多くなるでしょう。
もちろん、私たちから見れば、国が違おうが、民族がどうであろうが、全く関係ありません。皆、同じなのです。日本語を学ぶために、この学校にいるのですから。教室の中では、まじめに勉強をしていなければ(理由なく)、避難や叱責を浴びせかけます。彼らの国での地位も財力も口先だけの弁明も、ここでは何の役にも立ちません。勉強するかどうかだけが問題なのです。
ただし、課外活動の時だけは別です。(教室の)外に出てまで、閻魔面をしているわけには行きません。それどころか、(私の方も)率先して、遊びの輪に加わってしまいます。
課外活動「鎌倉一日旅行」は、こういうコースで行われました。まず、「行徳駅」に8時半に集合、そして東西線、横須賀線と乗り継いで、「鎌倉」へ向かいます。「鎌倉駅」からは徒歩で、「鶴岡八幡宮」まで行き、お参りを済ませた後は、「小町通り」を通って(ここでお土産を買います。アルバイト先へのお土産を買いたいという学生が多いのです)、また「鎌倉駅」へ戻ります。
ここからは「江ノ電」に乗り、「長谷駅」へ向かいます。そして、「鎌倉の大仏様」の元へと歩いていくのですが、この道が長いのです。途中で音を上げた学生には、「リスがいるよ」で、元気を取り戻させ、とにかく「歩け、歩け」です。着けば、ホウッと、早速カメラを構えます。ただ、この日は団体さんが多かったので、「大仏様」の胎内へ入れた学生はそれほどはいなかったでしょう。
そして、食事です。インド系の学生たちは女子学生が持って来たカレーをつつきながら、持参のパンやお弁当(日本食)を食べています。日本食組は箸が随分上手に使えるようになっています。箸が巧みに扱える学生は漢字を書く時にもそれほど違和感がありません。この箸が使えないと、どこか初めて鉛筆を握った小学生さんのような手つきになるのです。これは非漢字系も、内モンゴル出身者も同じです。
それから、「長谷寺」へ行き、アジサイを見ます。平日であるにも拘わらず、「待ち時間」は、30分と言われました。ここからは海も見えるのです。そして、「長谷寺」を出て、「由比ヶ浜」へまいります。
もう少しで「海」というころ、「先生、変な匂いがします。魚のような、嫌な匂い」こう言って来たのは、ネパールの学生です。「そうか、潮風のイメージがつかないから、生臭い匂いになってしまうのかな」と思いながらも、彼らの「嫌な匂い」という言葉にどこか引っかかってしまいます(海は嫌に繋がらないかと少々心配になったのです)。
ところが、「砂浜」に下りた途端、「嫌な」と言っていたのはどこへやら。もう大喜びで、「海だ。海だ。」「先生、青くない」「入ってもいいですか」「しょっぱいの?」てんでに歓声を上げながら、靴を脱ぐのももどかしげに、海の中へと駆け込んでいきます。
浪が寄せるたびに、ジャンプ。引くとまた身構えて、次のジャンプの用意です。これをまだ飽きないのかと思うくらい何度も何度も繰り返して行うのです。皆が一斉にやるのですから、また面白いのでしょう。そのうちに、まくり上げていたズボンもスカートもびっしょりになって戻ってきました。「見て、見て」と言いながら、絞って見せます。笑みが顔いっぱいに広がって、「帰る時、困る」と言いながら、言うだけ言うと、また海の中へとんぼ返りです。
「先生。これ」と蟹を持って来た学生がいます。中指くらいの大きさの蟹です。それを見が学生たちが、バラバラと駆け寄ってきます。触りたいけど触れない。手が宙で開いたり閉じたりしているので、触りたいという彼らの気持ちがよくわかります。するとまた一人「先生」と蟹を持って来ました。それが、三四回も繰り返されたでしょうか、今度は手のひらほどもある大きな蟹を持って来ました。そして「先生、これ」と私の手のひらに乗せようとします。見ると足が何本かかけています。そばにいた学生がその大きさに驚いて、「先生、痛くない?」と、おそるおそる寄ってきました。持っていた男子学生が「そらっ」と、その手の上へ置こうとすると、わっと言って逃げていきます。
いったいどこから仕入れてくるのでしょう。見ると、海へと伸びた小さな川の中にいるようです。近づいてみると、いるいる、2人。網を持って必死に水の中を掻き回しています。そしてそのそばには、小学生らしき男の子が5人ほど、ビニール袋を持って所在なげに立っているではありませんか。「小学生のを取り上げたな」と、注意しようと近づいていくと、途端に一人が「先生、魚」と網を持ち上げ、手のひらに魚を載せて見せに来ました。そばにいた女子学生が「私にも持たせて、持たせて」と言って騒いでいる間に魚はするりと彼の手のひらから海へ逃げていきます。
ああ、残念。しかし、めげません。また捕ろうと、どんどん水の中に入っていきます。思わず、小学生達のそばに行って「邪魔?」と聞くと、困ったような顔をして「うん、邪魔…」。とは言え、彼らが外国人であることは見て取れたのでしょう。それで、困ったなと思いながらも、貸してくれたのでしょう。本当なら、自分達が遊びたいでしょうに。もしかしたら、子供みたいな大人だな、変な外国人と、おかしく思っていたのかもしれません。2人は蟹を捕る度に、小学生たちのビニール袋にそれを入れています。袋の中を覗くと、もう何匹も入っていました。私たちが浜を出て、一番ホッとしたのはこの子たちかもしれません。
しかしながら、皆、なかなか海から上がろうとはしません。「ネパール」や「内モンゴル」の学生たちが、海に夢中になるのはわかるのですが、「ベトナム」や「フィリピン」、「ミャンマー」、「インド」の学生たちまで、海の中で「水のかけっこ」をしたり、波が来るたびにジャンプしたりしているのには驚きました。聞くと「海はあるけれども、住んでいる町からは、遠い」と言います。しかも、皆が童心に返って、はしゃいでいるのですから、それは釣られて、一緒にはしゃいでしまうでしょう。
あれやこれやで、なかなか帰ると言い出せず、予定の時間を一時間近くもオーバーして、そしてやっと「海」とお別れです。「長谷駅」へ戻って、「江ノ電」に乗り、まずは「江ノ島」へ行きます。そこからは「帰り」になります。「江ノ島」から「大船」までは、モノレールに乗ります。
「ガーナ」の学生、おっかなびっくりで下を見ながら、「先生、落ちたらどうする」。「落ちたら落ちた時のこと。考えたってしかたがない」。どうも、落ちた時のことについて考えていたらしい。「ベトナム」の学生は、「高い所は嫌です」と、座っていながらへっぴり腰でいるのがよく判る姿勢。「大船」に着くと、JRに乗り換え、一路「東京」へ。皆、四車両にわたり座ります(全員座れました)。しかし、疲れ切ったのでしょう。次が「東京駅」という時、起こしにまわった教員が言うことには、激しく揺さぶっても、何回叩いても、どうしても目覚めなかった学生が三人ほどいたとか(隣に座っていた人が、驚いた顔をして見たので少々恥ずかしかったそうです)。
海で遊ぶと、陸で遊ぶよりもずっと疲れます。これも今日遊んで判ったでしょう。
海から上がった時も、「行徳駅」で別れた時も、「先生、ありがとう。今日は本当に楽しかった」と言ってくれた学生が何人もいました。彼らが喜んでくれるのが、教員にとって何よりも嬉しい。もっとも、彼らが楽しかったのは「海」だけだったのでしょうが。
さて、6月25日、課外活動で一息ついたら、翌月曜日は「N1」「N2」「N3」「N4」の模擬試験です。何もないのは「Dクラス」の学生たちだけ。帰りの電車では「先生、試験は月曜日でしたっけ。それとも火曜日でしたっけ」と聞いてきた学生もいましたから、「東京駅」から「行徳駅」に近づくにつれ、「日常の生活」に戻ったのでしょう。
途中、けがや病気になる者もなく、切符をなくしたり、財布を落としたりする者もなく、無事に戻れました。何よりでした。きっとこの日はぐっすり眠れたことでしょう。
日々是好日
とは言え、「課外活動の日(金曜日)」は、別。久しぶりに童心に戻って、学生たちははしゃいでいました。いつもそうなのですが、新しい先生が、一緒に課外活動に行くと、「みんな仲がいいですね」と感心してくれます。学生数は、わずか42人ほどでありながら(卒業生が1人混じっています。彼女は一昨年の七月に来たので、鎌倉行きに間に合わなかったのです。それで、卒業前から今年の鎌倉には一緒に行くと言っていました)、国の数は10ヶ国にもなります。もし、民族数で計算すれば、その数はもっと多くなるでしょう。
もちろん、私たちから見れば、国が違おうが、民族がどうであろうが、全く関係ありません。皆、同じなのです。日本語を学ぶために、この学校にいるのですから。教室の中では、まじめに勉強をしていなければ(理由なく)、避難や叱責を浴びせかけます。彼らの国での地位も財力も口先だけの弁明も、ここでは何の役にも立ちません。勉強するかどうかだけが問題なのです。
ただし、課外活動の時だけは別です。(教室の)外に出てまで、閻魔面をしているわけには行きません。それどころか、(私の方も)率先して、遊びの輪に加わってしまいます。
課外活動「鎌倉一日旅行」は、こういうコースで行われました。まず、「行徳駅」に8時半に集合、そして東西線、横須賀線と乗り継いで、「鎌倉」へ向かいます。「鎌倉駅」からは徒歩で、「鶴岡八幡宮」まで行き、お参りを済ませた後は、「小町通り」を通って(ここでお土産を買います。アルバイト先へのお土産を買いたいという学生が多いのです)、また「鎌倉駅」へ戻ります。
ここからは「江ノ電」に乗り、「長谷駅」へ向かいます。そして、「鎌倉の大仏様」の元へと歩いていくのですが、この道が長いのです。途中で音を上げた学生には、「リスがいるよ」で、元気を取り戻させ、とにかく「歩け、歩け」です。着けば、ホウッと、早速カメラを構えます。ただ、この日は団体さんが多かったので、「大仏様」の胎内へ入れた学生はそれほどはいなかったでしょう。
そして、食事です。インド系の学生たちは女子学生が持って来たカレーをつつきながら、持参のパンやお弁当(日本食)を食べています。日本食組は箸が随分上手に使えるようになっています。箸が巧みに扱える学生は漢字を書く時にもそれほど違和感がありません。この箸が使えないと、どこか初めて鉛筆を握った小学生さんのような手つきになるのです。これは非漢字系も、内モンゴル出身者も同じです。
それから、「長谷寺」へ行き、アジサイを見ます。平日であるにも拘わらず、「待ち時間」は、30分と言われました。ここからは海も見えるのです。そして、「長谷寺」を出て、「由比ヶ浜」へまいります。
もう少しで「海」というころ、「先生、変な匂いがします。魚のような、嫌な匂い」こう言って来たのは、ネパールの学生です。「そうか、潮風のイメージがつかないから、生臭い匂いになってしまうのかな」と思いながらも、彼らの「嫌な匂い」という言葉にどこか引っかかってしまいます(海は嫌に繋がらないかと少々心配になったのです)。
ところが、「砂浜」に下りた途端、「嫌な」と言っていたのはどこへやら。もう大喜びで、「海だ。海だ。」「先生、青くない」「入ってもいいですか」「しょっぱいの?」てんでに歓声を上げながら、靴を脱ぐのももどかしげに、海の中へと駆け込んでいきます。
浪が寄せるたびに、ジャンプ。引くとまた身構えて、次のジャンプの用意です。これをまだ飽きないのかと思うくらい何度も何度も繰り返して行うのです。皆が一斉にやるのですから、また面白いのでしょう。そのうちに、まくり上げていたズボンもスカートもびっしょりになって戻ってきました。「見て、見て」と言いながら、絞って見せます。笑みが顔いっぱいに広がって、「帰る時、困る」と言いながら、言うだけ言うと、また海の中へとんぼ返りです。
「先生。これ」と蟹を持って来た学生がいます。中指くらいの大きさの蟹です。それを見が学生たちが、バラバラと駆け寄ってきます。触りたいけど触れない。手が宙で開いたり閉じたりしているので、触りたいという彼らの気持ちがよくわかります。するとまた一人「先生」と蟹を持って来ました。それが、三四回も繰り返されたでしょうか、今度は手のひらほどもある大きな蟹を持って来ました。そして「先生、これ」と私の手のひらに乗せようとします。見ると足が何本かかけています。そばにいた学生がその大きさに驚いて、「先生、痛くない?」と、おそるおそる寄ってきました。持っていた男子学生が「そらっ」と、その手の上へ置こうとすると、わっと言って逃げていきます。
いったいどこから仕入れてくるのでしょう。見ると、海へと伸びた小さな川の中にいるようです。近づいてみると、いるいる、2人。網を持って必死に水の中を掻き回しています。そしてそのそばには、小学生らしき男の子が5人ほど、ビニール袋を持って所在なげに立っているではありませんか。「小学生のを取り上げたな」と、注意しようと近づいていくと、途端に一人が「先生、魚」と網を持ち上げ、手のひらに魚を載せて見せに来ました。そばにいた女子学生が「私にも持たせて、持たせて」と言って騒いでいる間に魚はするりと彼の手のひらから海へ逃げていきます。
ああ、残念。しかし、めげません。また捕ろうと、どんどん水の中に入っていきます。思わず、小学生達のそばに行って「邪魔?」と聞くと、困ったような顔をして「うん、邪魔…」。とは言え、彼らが外国人であることは見て取れたのでしょう。それで、困ったなと思いながらも、貸してくれたのでしょう。本当なら、自分達が遊びたいでしょうに。もしかしたら、子供みたいな大人だな、変な外国人と、おかしく思っていたのかもしれません。2人は蟹を捕る度に、小学生たちのビニール袋にそれを入れています。袋の中を覗くと、もう何匹も入っていました。私たちが浜を出て、一番ホッとしたのはこの子たちかもしれません。
しかしながら、皆、なかなか海から上がろうとはしません。「ネパール」や「内モンゴル」の学生たちが、海に夢中になるのはわかるのですが、「ベトナム」や「フィリピン」、「ミャンマー」、「インド」の学生たちまで、海の中で「水のかけっこ」をしたり、波が来るたびにジャンプしたりしているのには驚きました。聞くと「海はあるけれども、住んでいる町からは、遠い」と言います。しかも、皆が童心に返って、はしゃいでいるのですから、それは釣られて、一緒にはしゃいでしまうでしょう。
あれやこれやで、なかなか帰ると言い出せず、予定の時間を一時間近くもオーバーして、そしてやっと「海」とお別れです。「長谷駅」へ戻って、「江ノ電」に乗り、まずは「江ノ島」へ行きます。そこからは「帰り」になります。「江ノ島」から「大船」までは、モノレールに乗ります。
「ガーナ」の学生、おっかなびっくりで下を見ながら、「先生、落ちたらどうする」。「落ちたら落ちた時のこと。考えたってしかたがない」。どうも、落ちた時のことについて考えていたらしい。「ベトナム」の学生は、「高い所は嫌です」と、座っていながらへっぴり腰でいるのがよく判る姿勢。「大船」に着くと、JRに乗り換え、一路「東京」へ。皆、四車両にわたり座ります(全員座れました)。しかし、疲れ切ったのでしょう。次が「東京駅」という時、起こしにまわった教員が言うことには、激しく揺さぶっても、何回叩いても、どうしても目覚めなかった学生が三人ほどいたとか(隣に座っていた人が、驚いた顔をして見たので少々恥ずかしかったそうです)。
海で遊ぶと、陸で遊ぶよりもずっと疲れます。これも今日遊んで判ったでしょう。
海から上がった時も、「行徳駅」で別れた時も、「先生、ありがとう。今日は本当に楽しかった」と言ってくれた学生が何人もいました。彼らが喜んでくれるのが、教員にとって何よりも嬉しい。もっとも、彼らが楽しかったのは「海」だけだったのでしょうが。
さて、6月25日、課外活動で一息ついたら、翌月曜日は「N1」「N2」「N3」「N4」の模擬試験です。何もないのは「Dクラス」の学生たちだけ。帰りの電車では「先生、試験は月曜日でしたっけ。それとも火曜日でしたっけ」と聞いてきた学生もいましたから、「東京駅」から「行徳駅」に近づくにつれ、「日常の生活」に戻ったのでしょう。
途中、けがや病気になる者もなく、切符をなくしたり、財布を落としたりする者もなく、無事に戻れました。何よりでした。きっとこの日はぐっすり眠れたことでしょう。
日々是好日