とっちーの「終わりなき旅」

出歩くことが好きで、趣味のマラソン、登山、スキーなどの話を中心にきままな呟きを載せられたらいいな。

2019指宿菜の花マラソンツアー:1日目知覧武家屋敷庭園

2019-01-15 19:09:18 | 観光
12日から14日の3日間、鹿児島県指宿市で行われる指宿菜の花マラソンに参加してきた。日本で一番早く開催されるフルマラソンの大会だ。1日目は、セントレアから鹿児島空港にまず向かう。13:30。多少遅れて鹿児島空港に到着する。鹿児島空港では、羽田、伊丹からのメンバーも合流して総勢12名のツアーとなった。


鹿児島空港からはレンタカー2台を借りて指宿に向かうのだが、途中で知覧に寄って知覧武家屋敷庭園を見学していく。事前に地元の観光ガイドを予約しておいたので、森重堅庭園の駐車場で待ち合わせする。飛行機の遅れや道路の渋滞、待ち合わせ場所がわからない等でいろいろ時間がかかり、約束の時間より30分遅れとなってしまったが、なんとかガイドさんと合流する。


まず、最初に入園料一人500円を払って森重堅(もりしげみつ)庭園に入園する。


森重堅庭園は、亀甲城の西側麓にあり、領主に重臣として仕えた家柄で住居や土蔵は寛保初年(1741)に建てられた。この森家の祖先は、代々文人として名高い格式の高い家柄であったそうで、領主がよく遊びに来ていたという。知覧武家屋敷庭園では、唯一の池泉庭園である。床下に石組みがあり、曲者や間者が中に入ったり、中の様子が伺えないような仕組みとなっている。


土蔵の屋根は固定されずに、シュロで作った縄で白壁に結んである。これは、火災等の時屋根を瞬時に取り外し、中のものが蒸されないようにするためだ。土蔵は、粘土を固めて作ってあり、燃えにくいことと湿気が多くなれば吸収し、乾燥すれば湿気を発散して、土蔵内の湿度や温度を一定に保つという役割を持っている。


玄関は、領主が時々遊びに来ていた関係で、領主専用の玄関が作られている。右側が領主用、左側が家人用の玄関となっている。部屋の間取りや天井等にも独特の工夫があるそうだ。


通りは、真っ直ぐではなく曲がっている。敵が侵入したとき通りを見通せないようにするためだ。


次に向かったのが、旧高城家住宅だ。ここだけは、無料公開されており誰でも入ることができる。


武家屋敷をそのまま利用した食事処。明治以前に建てられた武家住宅であり、「おとこ玄関」と「おんな玄関」の二つがある特徴を持っている。「おもて」と「なかえ」の二つの屋根の間に小棟を置いたタイプのもので、知覧だけにみられる作りだ。


室内の漆喰壁はベンガラを用いた赤褐色となっている。これは江戸時代の知覧では白壁を用いることができたのは知覧の殿様だけで、家臣には許されていなかったことの名残である。


入り口のすぐ先には、ハート形の手水鉢が設置されていた。当時の人たちも粋なことをする。


この通りも曲がっているのがよくわかる。また、石垣は丸石で作られたものと切石で作られたものがあり、切石の方が、格式が高いそうだ。


佐多直忠(さたなおただ)庭園。大刈込式蓬莱石組庭園で作庭は寛保年間(1741~1744)と伝えられている。庭園は主屋の北にあり、母ケ岳を望む庭の一隅に築山を設けて、その中心部に3.5mの立石がそびえ、下部には多数の石組を配して枯れ滝としている。周りには、ウメ、イヌマキの古木を配している。


門をくぐったところには切石の目隠しにつき当たる。これは屏風岩と呼ばれ、防衛を兼ねた造りで江戸時代中期の武家屋敷の風格を備えたものだ。


石垣の中に埋まっている石柱は、石敢当と呼ばれるものだ。中国から伝わったもので、道路の三叉路の突き当たりや門・橋などに立てられたもので、石に敢えて当てて邪気を跳ね飛ばし、食い止め、これを追い払う威力を持つと信じられていた悪魔よけの一つである。


佐多民子(さたたみこ)庭園。寛保・寛延・宝暦(1741~1763)頃の作庭といわれ、知覧庭園群の中でも石組み及び庭園の地割構成が最も技術的に力強い庭園。


佐多美舟(さたみふね)庭園。宝暦年間(1751~1764)の作庭と伝えられている。東南隅に大きな立石による滝石組がある。この庭園は、知覧島津氏の本筋にあたり、知覧庭園の中で最も豪華で広い庭園と言われている。


大河ドラマ「西郷どん」のロケがこの通りで行われた。




二ツ家の母屋では、雨戸回しの実演があった。雨戸が、南側と、東側の角を90度回転して進むカラクリだ。角の柱と、その外側にある竹の柱の間を雨戸が90度回転して通り、鴨居や、敷居の溝にも角柱に近い部分は回転ができるよう工夫がされている。南側の戸袋を無くし、奥の戸袋に収納することで南側全てが開放され、部屋を明るくして風通しを良くするためだという。




ガイドさんが持っているのは、知覧傘提灯。これは、安政年間に下級武士の内職として考案されたと伝えられる傘だ。半開きにすれば日傘、雨傘として使える。全開すると夜には提灯にもなる。護身用の武器としても役立ち、日傘、雨傘、提灯、護身用と1本で4役もこなす優れものだ。現在は、傘提灯を作る後継職人がおらず、いずれ無くなってしまうかもしれない。


部屋の梁に吊り下げられ、提灯として使われている。


ガイドさんの案内で1時間ほど武家屋敷庭園を見学すると17時近くになっていた。その後、マラソンの受付に行く予定であったが、17時半で終了との事で前日受付はあきらめ、当日受付することにして宿に向かう。この日の宿は、砂蒸し会館「砂楽」近くにあるリゾートマンションだ。食事はないので、食料を買い出しに出かけ、翌日のマラソンに備え、早めに就寝する。

「2019指宿菜の花マラソンツアー:2日目マラソン前半」に続く。