とっちーの「終わりなき旅」

出歩くことが好きで、趣味のマラソン、登山、スキーなどの話を中心にきままな呟きを載せられたらいいな。

「舟を編む」三浦しをん/著

2014-02-22 21:55:58 | 読書
舟を編む
クリエーター情報なし
光文社


2012年の本屋大賞を受賞し、翌年2013年には、石井裕也監督、松田龍平主演で映画化された「舟を編む」をやっと読んだ。おおまかなあらすじは、出版社に勤める一風変わった編集部員である馬締光也(まじめみつや)が、新しく刊行する辞書『大渡海』の編纂メンバーとして辞書編集部に迎えられ、15年にも及ぶ長い年月をかけて1冊の辞書を刊行するまでのお話だ。

題名は、「辞書は言葉の海を渡る舟、編集者はその海を渡る舟を編んでいく」という意味でつけられたそうだ。辞書といえば、どこの家にもある本だが、それが出来上がるまでの苦労なんて一度も考えたことがなかった。しかも、15年もかかるなんて思いもよらなかった。世の中には、いろんな職業があるもので、そんな地味な世界に携わってきた人たちの苦労を知るという点では、面白い本だったといえる。

辞書には、いろんな言葉が並んでいるが、その一つ一つについて、正確に意味を説明するという事がいかに難しいという事がわかる。たとえば「右」という言葉について辞書を引くと、
1 東に向いたとき南にあたる方。大部分の人が、食事のとき箸(はし)を持つ側。
2 右方の手。みぎて。
3 左手より右手の利くこと。右利き。
4 野球の右翼。ライト。
5 保守的な思想傾向があること。右翼。
等等。ずらっと例が挙げられている。

ごく当たり前に使っている言葉だが、それを知らない人に教えるとなると簡単に説明できない。1の東を向いたとき南にあたる方なんて説明しても、東とは何だろうとか南は何だろうと考えると、これを説明するのもうまくできそうにない。言葉って、知らない人にとっては果てしない大海原を漂っているようなイメージに近いものかもしれない。まさに、その大海原を渡るために道具が辞書だと思えば、それを作る人の苦労は並大抵のものではないというのが良く分かってくる。読み終わって、改めてタイトルが示す意味が分かった。

前半では、入社して3年目だが、対人関係がうまくできず社内では浮いていた営業部員の馬締光也が、定年を間近に控えて後継者を探していた辞書編集部のベテラン編集者・荒木に引き抜かれ、辞書編集部に異動することになる。馬締は言葉への強い執着心と持ち前の粘り強さを生かして、辞書編集者として才能を発揮してゆく。やはり辞書を編集するということは、誤字脱字がないことはもちろん、正確でその時代にあった解釈でなければならない。しかも、膨大な言葉の海から取捨選択してどの言葉を載せるかを決めることも大変なことだ。主人公の馬締は、そんな仕事をするには的確な人物であった。まさに名は体を表すとばかりに「まじめ」という名は、とってつけたようなネーミングだ。ちょっと、あざとい気はするが、実際に日本に存在する苗字らしい。

真面目すぎて恋愛なんて出来そうもないような人物だったが、学生時代から住み続けていた「早雲荘」という下宿で、ある満月の夜、大家の孫娘の林香具矢(はやしかぐや)と出会う。満月の夜に、「かぐや」という娘に会うなんてちょっとしたラブストーリーも加わって、単なる辞書編集だけの話では終わらなかった。馬締が、香具矢に出した難解なラブレターは15ページにも及ぶ大作で、まるで漢文みたいな内容だったようだが、板前修行中の香具矢にとっては、心を打たれた内容だったのだろう。できれば、ラブレター全文を掲載して欲しかったが、そのあたりは、さらっと流されてしまっていた。

他にも個性的な登場人物が登場する。馬締を営業から辞書編纂の才能を見込んで引き抜いてきたベテラン編集者荒木公平、当初は言葉や辞書に対する関心は低かったが、馬締の影響を受け次第に辞書作りに愛着を持ち始めた西岡正志。しかしその矢先、宣伝広告部に異動となってしまうが、裏側で馬締の仕事をフォローしている。『大渡海』監修者である老国語学者の松本朋佑は、定年前に大学の教授職を辞し辞書編集に人生を捧げてきたが、『大渡海』の完成を待たず死去してしまう。馬締の暮らす下宿「早雲荘」の大家であるタケは、香具矢の祖母であり、馬締を温かく見守っている。トラという猫がさりげなく登場するのもユニークだ。

後半では、馬締が『大渡海』の編集を始めていきなり13年が経っていた。いつの間にか、馬締と香具矢は結婚して、香具矢は板前として独立して店を持っている。前半と比べると後半の香具矢の存在感は希薄な感じでちょっと物足らない感じだ。新しく登場した岸辺みどりという入社3年目の女性編集者からの視点で描かれるようになり、時代が変わってしまったという雰囲気になってしまっていた。

全体を通しての印象は、250ページという長さですぐに読み終わる事ができ読みやすかったのは確かだ。辞書を作るという仕事の特殊性を知ることができた点では面白かったが、分厚い辞書を作る話が、意外と短く終わってしまった感もある。また、ストーリーには大きな起伏はなく、登場人物がみんないい人すぎて、大きな感動もなければ興奮もなかった。本屋大賞作品としてみるとやや期待外れだったかもしれない。