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『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

静謐な本物VSタカビーな偽物

2023-01-16 07:56:55 | 藤井 聡太

 

きのうは朝10時から
ソーちゃんの
NHK杯(録画)と
朝日杯(ライブ)の
ダブルヘッダーがあり、
テレビとPCとを並列して観戦した。

NHK杯も
朝日杯の本戦トーナメン
1、2回戦ぜんぶに勝利したから
痛快この上なかった。

しかし、今回の朝日杯は
意外にも苦戦して、
相手側にリードを許し、
マッスー(増田六段)には
「1:99」という首の皮一枚までいき、
これはダメだなという絶体絶命から
息を吹き返し、大逆転した。

これには、
全国のソータ・ファンも
手に汗握り、喝采を上げたことだろう。

*

前日から
カミさんが
「おすし食べたい・・・」
と言ってたので、
先日、行きつけ店には
行ったばかりだったので、
近所の回転寿司に出向いた。

市内では、
いちばん高級ネタがある
『勘助』という店で、
大トロ二貫で1500円なぞという
ネタもある。

行き付けの店では、
五貫・一巻・卵焼きで
一人前とする処だが、
回転店なので
その倍も食しても
本物の鮨屋の半額であった(笑)。

*

棋戦の長考中には、
いつものように、
読書で時間を繋いだ。

これまで、
再読、三読している
河合先生の名著
『明恵 夢を生きる』
を久しぶりに拾い読みした。

八年間の在京中、
学校帰りに時々寄っていた
長岡の書店でこれを見つけときは、
『みょうえ』という僧名を
『あきえ』と読んでしまい、
河合センセも妙なのを書いたなぁ・・・と、
早合点したものである(笑)。

『新潮学芸賞』受賞作でもある本書は
鎌倉時代の名僧・明恵上人が
生涯に渡って残した『夢記』を
分析心理学的に解釈した名著である。

扉に
「1988・6・1
 高山寺にて」
と記してあり、
この本に感激して、
明恵が建立して入滅した
栂ノ尾の高山寺に
カミさんと赴いて、
著書にも登場する『黒犬』像を
実際に見てきたことがあった。

長男のフミは
89年の4.30生まれなので、
この入山・拝観直後に
受胎したことになり、
なんだか、明恵上人の
ご法徳のおかげのような
気がしないでもない。

*

後半には、
『華厳経』の解釈が
泰斗・碩学の井筒 俊彦先生の書から
引用されており、
「自性」と「関係性」
「共時性」と「通時性」
などについて再考し
納得もする、いい機会となった。

最近、世の中全般や
自分の周囲で
愚かしい人間や事柄に
心煩わされているので、
その意味を深思熟慮するにも
役立ってくれた。

やはり、
聖僧・高僧の智慧は偉大で、
その大本の仏法も見事なものである。

また、それを
解釈・分析・統合・記述する
河合先生や井筒先生の
「研究」「学問」も素晴らしい。

***

今朝の朝刊で、
大学入学共通テスト問題が
掲載されていたが、
元・高校の理科教員として
専門の生物はもとより、
物理と科学、そして数学も
補習授業を持ったことがあるので、
毎年、ざっと俯瞰はしている。

けさ、ふと思ったのは・・・
はたして、教員を除いて、
どれだけの大人が、
これだけの問題を解けるのだろう・・・
と素朴に思い、自分だって専門外の
日本史や世界史、古文なぞは
答えられないかもしれないと感じた。

いわば、高等教育の
「集大成の知」である。

受験生にも、得意、不得意があろうが、
それでも、五教科が満遍なく出来ないと
高得点にはならない。

今年は51万人が受験したというが、
毎年、そのくらいの人数が、
国公立や難関私立を目指している、
ということである。

再来月には県立高校入試があるが、
勤務校からは偏差値「71」の福高を
男女20名ほど受験する。

その中には、
カウンセリングをしてきた生徒も
数名おり、彼らのIQは
いずれも135以上であった。

当然のように、
将来は、全員、大学進学志望であり、
中には、医者になる、
と断言していた子もいる。

その一方で、
IQ80以下の子は
全体の1/3ほどいて、
カウンセリングしている子も、
私立の通信制にしか行く処がなく、
それすら、進学後に
課題の自学が出来るか
担任からも懸念されている。

この知的能力差は、
イチローやオータニ、
藤井ソータと同じく
持って生まれたものなので、
如何ともしがたく、
話題になった『ビリギャル』の
主人公なぞは、教育心理学的には
IQは100前後あったと思われ、
“地頭”がそうでなければ、
暗記も概念理解も抽象化も
出来るはずもない。

頭のよい賢さと
  も一つ人間としての賢さと
    二つありといふ

・・・という、
哲人歌人・碧水先生の歌がある。

ヒトには「知性」だけではない
「情動性」はじめ、
「運動性」「社会性」「利他性」
「芸術性」「聖性」・・・など、
諸々の「賢さ」の特性がある。

なので、
人類社会、集団組織、国家の
すべてが「知的に優秀」である
必要はなく、相補関係的に
互いどうしを必要として、
健全な社会を形成すればいいのである。

最近、
「リスキリング」や
「キャリアアップ」・・・などと、
政府やマスコミが扇動して、
「英会話力だ」
「プレゼン力だ」
「PC技能力だ」
と、やたらと個人が
諸能力を身に着けることを
推奨する風潮がある。

だが、これとて
市場経済的な「商魂主義」
「マネタリズム」による、
いわば、チョコレート屋の
バレンタイン戦略と変わりない(笑)。

単純な事だが、
勉強はできないけど
運動ができる子は、
それを伸ばせばいい。

カラダが弱いけど
お絵描きが得意という子にも
どんどんその才能を伸ばさせたい。

頭のいい子は
もっと勉強が好きになり、
学者・医者・研究者・法律家
になったらいい。

そして、世の中は、
「五本指」の如く、
それぞれが違っていて、
「ものがつかめる」
という総体的な集合知(Collective intelligence)を
発揮するのである。

*

どうも・・・
NHKと同じく
大本営発表的な『読売新聞』が
嫌になってきて、
購読を止めようか・・・と、
思ってはいるが、
時折、ジョーク欄に
秀逸なものがあるので、
なかなか、やめられずにいる(笑)。


新刊広告欄に
「池上 彰」の名を見て、
不愉快になった。

こ奴、ソーちゃんとの
対談インタヴューで、
小僧っ子扱いで
上から目線だったもので、
(何様やねんッ!!)
と、憤った。

TVバラエティーで
雛壇芸人相手に
したり顔で「世界情勢」やらを
得意げに開陳しているが、
何のことはない、
「知識の切り売り人」であり、
自転車操業的なブローカーに過ぎない。

しかも、
ウィキによれば、
取材した複数の専門家の見解を
「番組の意向で、私の意見」
とさせてもらいたい、
と厚顔無恥にも言って
当事者からSNSで暴露され
詭弁を弄したという。

そもそも出自が
NHKのキャスターあがりなので、
いかにも、DS的な
ニセモノ感丸出しである。

・・・であるからして、
棋界が認めた
「400年に一人の大天才」
という本物を前にして、
静謐に佇む大型格闘犬を前に
己が怯えを隠蔽するために
「反動形成」的心理で
目いっぱい虚勢を張って
吠えた駄犬のように
「高飛車」に出たのだろう(笑)。

そういや、
五冠のソーちゃんは、
希代の「飛車切り」の
名人であった・・・(笑)。

*

 

 

 

今朝の朝刊では、
他にも
「マスク」の由来、
「子育て罰」
「親ペナルティー」
「デジタル文は短絡思考化する」
なぞという
知見を得た・・・。

 

やっぱ…
もすこし、やめずに
取ろうか・・・(笑)。

 

 

 

 


ブラック・アート

2023-01-15 08:36:49 | 3.11

今朝の朝刊に、
Y中の麓にある
「田んぼリンク」の話題が
載っていた。

80年代から
続いてきた伝統文化が、
管理者の高齢化のために
終焉を迎えようとしていたが、
筑波大の院生と福大生が
後継するという明るい話題だった。

原発事故の避難区域について
社会学的な研究対象として
フィールドワークしていた彼らが
その地元の伝統文化を
滅ぼさせたくないと立ち上がったのは
なんとも頼もしく殊勝な事である。

*

この隣のI地区では、
いまだにフレコンバッグが
一帯を占領している場所があり、
その様を切り取った絵柄は、
まるでシニカルでブラックな
モダンアートのようでさえある。

原発被災者の間では、
常套句になってる
「フレコンバッグ」なるものは、
正式には、
フレキシブル・コンテナバッグ
 (Flexible Containers) 
と言う。

放射能汚染土が満載されている
このバッグに近づくと
今でも被爆するが、
ガイガーカウンターを持って
その針がグーンと上がるのを
いちど体験したことがある。

もうすぐ、3.11から
12年が経とうとしているが、
未だに、「原発は便利」
「原発は経済的」「原発は安全」
と嘯いて、利権の甘い汁を
吸い続けたいが為だけに、
目の前にある過酷な現実を
直視せず、無視している
自民党の大馬鹿政治家どもは
狂っているとしか言いようがない。

そのまま狂い死にしてくれれば、
国家にとってどれほど有益か(笑)。

なので、
原発被害で死傷した者たちの
「怨嗟の念」や集合無意識的な
「呪怨」のエネルギーが
彼らを蝕ばんで
地獄に引きずり落とすことを
確信している。

【天網恢恢疎にして漏らさず】である。


*


同地区の教委には
中学時代の同級生が二人も、
校長退職後に指導主事職にいるが、
財政難につきSC用のPCが配備されず、
未だに手書きで
「執務記録」を書いている。

自宅には、
買い換えて未使用の旧PCが
3台もあるので、
搬入すればいいだけだが、
あえて、ボケ防止と
漢字再生の失念対策のため
万年筆による手書きで行っている。

これまで、
二度もアマゾンで安価な
木製軸の万年筆を買ったが、
いずれも、ジョイントで壊れて
廃棄した。

それでも、
木製には偏愛があるので、
いっそ、自分で作ってみようと、
パーツのペン先を輸入して
それに合わせるように
楽器製作用の旋盤と
ネジ切りで試作品を作ってみようと
思っている。

もし、満足いくものが作れたら、
ペン先とカートリッジを仕入れて、
「売り」に出そうかとも
チラリと思いついた・・・(笑)。

老後は、まさに、
趣味と実益を兼ねて、
充実した時にしたいなぁ・・・と、
思っている。

***

 

これまで、学校現場で、
幾度かMP(モンスターパレント)に
遭遇してきた。

最近では、
学校に限らず、
「カスハラ」など
「クレイジー・クレイマー」が
頻出していると社会学の分析で知った。

MPに倣えば「CC」と
カルテに略記できそうである(笑)。

これらは、いずれも、
「理不尽で不当な主張をし、
権利を要求する」ことで、
定義される。

MPの特性をクラスター分析した
教育学者に拠ると、
そこから抽出された因子から
「経済的な余裕はないが
教育ママ度はそれなりに高い
パート勤務の母親」
とプロファイリングされ、
『生活切迫型パートママ』
とも命名された。

私見では、これに、
「グレーゾーン」要素も
加味されているのではと、
薄々感じている。

最近も、
ロジックの通じない親がいて、
さりとて、ネグレクトを見逃せず、
公的支援ネットワークにリファーする
というケースもいくつかあった。

笑えない笑い話だが・・・
A=B  B=C  ∴A=C
という「三段論法」が
マジで理解できない大人が
いるのである。

・・・であるからして、
3x+6x=3x(1+2)
という「共通因子」を
抽出する能力もない。

これでは、
心理教育も助言も
あったものではない。

++

最近の教育現場では
MPへの対処法が
マニュアル化しつつあるが、
企業や病院でも
『CC』には手を焼いており、
「スクール・ロイヤー」のような
司法専門家を嘱託で抱える
動きが始まりつつある。

+++

「言ったもん勝ち」
「ごね得」
「いちゃもん」
がまかり通る背景には、
日本人全体の「民度の低下」
「知性の劣化」「情緒的未熟性」
などの要因もあると思われる。

【今だけ 金だけ 自分だけ】
という風潮が
ここ数十年、政財官民に
蔓延ってきて常態化してきた、
という事も関連しているだろう。

アメリカのみならず、日本も、
家族や地域コミュニティの
「絆」が無くなりつつあり、
国も頼りにはならず、
個人は孤独化、“ぼっち化”が
進みつつある。

それ故のSNSにおける
「いいね」の承認欲求を
「拠り所」にする人たちが増え、
それすらに満足が得られないと、
「自傷他害」という行動化に走る、
という悲劇が現実となる。

今、若者の8割近くが、
将来に希望を持てない・・・
という暗澹たる気分でいる、
というアンケート結果がある。

理由は多くあるが、
端的に指摘した識者のなかには、
「国自体が老害に汚染されている」
というような例えをしていて
ナルホドと思わされた。

たしかに、
既得権益を守ろうと
汲々としている一群の高齢層がおり、
それが、オリンピック汚職であり、
無駄な公共事業をエンドレスに
続けて省益・党益・自己益を
守ろうという卑俗な輩たちである。

これらも日本における
DS(ディープステート)と
いっても言いだろう。

臨床教育現場でも、
こころを病んだ若者たちを
癒し、支援するだけでなく、
その「絶望の淵」から救い上げて、
なんとか希望ある「未来つくり」の為に
これまでの経験知を授けてあげたい・・・と、
対話・治療を続けている。

「業」を「ごう」と読み、
原意のカルマと捉えると、
それは、「 意志による身心の活動」
という事でもあるので、
まさしく、それを「授ける」
「授業」をSCもやっている事になる。

 

 

 

 

 

 


コロナ禍を生きる

2023-01-14 10:56:49 | 社会問題

 

 

きのうは
標高550mの高原にある
Y中に初出勤してきた。

幸い、全国的に
温暖な天気となったので、
学校へのアプローチである
長く曲がりくねった上り坂には
雪も凍結箇所もなく
安心して登ることが出来た。

それでも、
北側校舎にある
カウンセリング室の廊下の外は
まだ残雪があって
冷え冷えとしていた。

*

職員室内の
自分用の連絡ボックスには、
先生方が入れて下さっていた
「ウェルカム・スイーツ」類が
どっさりと入っていた(笑)。

中には、ティッシュボックスや
新年挨拶カードもあった。

*

今年の「給食はじめ」は
ウドンと大学芋だった。

具材のなかには、
雪だるまを模った
ナルトが三枚も入っていた(笑)。

*

 

今朝の朝刊で、
コロナ禍の推移が
データ化されて載っていた。

毎日、世界の死者数のみを
数字で確認しているので、
グラフで可視化されると、
よりその傾向分析に役立つ。

3年を経て
第一波から第八波まで、
「回帰直線」(赤線)を引くまでもなく
きれいな右肩上がりの
「y=ax」にある。

「y=ax²」でないだけ
マシだなぁ・・・とは、
中学生レベルでも判るが、
それでも、この先にあるだろう
「第9波」のビッグウェーブには、
さすがに、自分も
捕まってしまうのでは・・・
という危惧を抱いた。

・・・となると、
60代の重症化率や死亡率が
関心の的になる。

重症化率は、約5%、
死亡率は、1.7%
・・・とある。

高くはない確率だが、
それでも、罹らないのに
越したことはない。

*

『サイエンス』の
査読済の論文に拠れば、
従来、6割と言われていた
集団免疫が獲得される割合が、
43%で達成できる
との研究報告がある。

このことから、世界規模で
未だ収束を見ないというのは、
どの国もその水準に達していない、
という見方もできる。

日本に当てはめてみると
「第9波」のビッグウェーブで
4500万人ほどが感染すれば、
集団免疫が獲得されて
「収束」が期待できることになるが、
しかし、ウイルス株が変異するたびに
二度も感染している一群があり、
果たして、この集団免疫「獲得」説は
正しいかどうか疑わしい。

現に、アメリカで猛威を振るっている
「XBB.1.5」変異株は、
「人体の防衛メカニズム(免疫機能)を
回避する新たな方法を獲得した」
と見る専門家もいる。

・・・とすれば、
生来もっている自然免疫も
ワクチンも集団免疫も
まったくスルーする
ウイルスに進化したということで、
その病原性が「どれほど有害」か、
というのが今後の研究焦点に
なってくるだろう。

進化生物学に則せば、
「感染率×有害率=一定」
であるはずである。

何故なら、
致死率100%で宿主を殺せば、
ウイルスも自己消滅する・・・という、
生存戦略に矛盾が起こるからである。

また、人類が唯一
「撲滅」したとされる
「天然痘ウイルス」のように、
適度に感染率が高く
適度に致死率が高ければ、
「宿主」によって
絶滅させられる確率が高い。

ウイルスは自己増殖力をもたない
「遺伝子のかけら」として
非生物扱いされている存在だが、
ヒトの進化の過程では
それは胎盤形成などで
その遺伝子が利用されてきた、
という有益性を持つ面もあるのである。

 

 

 

 

 

 


『のだめ』の二番煎じ!?

2023-01-13 08:17:33 | テレビ

 

昨年11月に受けた
SC選考面接の結果が
1月に通知されると
告知されていたので、
昨日、教委からの封書を
ドキドキしながら開封したら、
なーんと「源泉徴収票」だった(笑)。

なんだか、肩透かしを喰らわされて、
アララ・・・であった(笑)。



これまで、26年間も、
2月末に電話一本で
翌年度の「継続」依頼という
簡便な「信用関係」にあったのが、
昨年、福大心理学科教授SCの
セクハラ懲戒免職「事件」という
大馬鹿問題があったので、
全SCの信用失墜となり、
煩瑣な面接選考なぞが導入された。

非常勤職、非正規職員扱いだったのが、
学校教育法に「チーム学校」の
一員と明記され、
「会計年度職員」という
準公務員扱いにもなったが、
報酬は変わらず
書類や管理職面接などが課され
人事考課の対象ともなった。

学会や研修センターでは、
養護教諭なみの常勤職に
格上げ的身分変更への
ロビー活動も始まっているが、
自分の在職中に実現化するかは
不透明である。

*



市税課からの封書では、
65歳の前期高齢者になったとたん、
今度は「介護保険」を払え・・・と、
振込用紙が送られてきた。

この重税下、物価高、
賃金が上昇しない処に、
さらなる「税」の徴収には、
なんだか、腹立ちを禁じ得ない。

そんなんだから、
現政権が防衛費増大のために
消費税値上げに言及したのは、
狂気の沙汰である。


封書の三つ目は・・・
Amazonに注文した
リブが、なんと、単位の読み違いで、
36㎝だと思っていたのが
36㎜のが届いて、
これまた、アララ・・・であった(😿)。

こんなん、
楽器製作に使いようもない
端材も端材で、どーしよーもない(笑)。

とんだ、無駄遣いをしてしまった。

*



おとついから始まった
クラシック音楽ドラマが、
コラム欄で秀作っぽいと
持ち上げられてたので
録画で観てみた。

そしたら、
『のだめ』と同じ局なのか、
なんだか、オープニングや
造りからして“二番煎じ”っぽい
亜流感まる出しだった。

ほんでも、
クラシック音楽ドラマは
珍しい部類なので、
愛想を尽かさないようなら、
しばらくは観てみようと
思っている。

連ドラの『舞あがる』は、
パイロット物語から
町工場の再建ドラマに
変わりつつあり、
なんだか、興味が薄れてきたので、
もう見限ろうかとも思う。






 

 


鮨喰い初め

2023-01-12 08:47:20 | 食べ物・飲み物

きょうから
いよいよ三学期の
「仕事始め」である。

三月までの
三か月間、体調良く、
コロナにも罹らず
無事、今年度を
勤め上げたいと願っている。

なので、いつもより
1時間早く出て、
Tちゃん先生の教会で
「仕事始め」の「お願い」の
お届けをさせて頂く。

*

きのうは、
自分にとっての
冬休み最後の日だったので、
久しぶりに、英気を養うために、
行きつけのお鮨屋さんで
舌鼓を打ってきた。

平日だったこともあり、
12半過ぎに到着し、
1時半頃までゆっくりさせて頂いたが、
他のお客さん方は早々に切り上げ、
大将、女将さん、若旦那と
歓談させて頂いたのは、
カウンセラーにとっての
セラピューティックなひと時だった。

*

新年初の「鮨喰い初め」は、
いつもの如く
小鰭(コハダ)から。

ほどよく〆られて
二枚づけで供されたが、
お節の既製品のものとは
さすがに一枚も二枚も
違って極上だった。

続いては、
鮍(カワハギ)の
肝乗せ。

 

淡泊な白身に
肝のコクが相まって
鋳込んだ分葱と共に
懐石の逸品のようでもあった。

「白身好き」なので、
平目の縁側も
握って頂いた。

コリコリとした食感と
脂の乗った処が身上である。

そして、中トロ。

口中でハラリと酢飯がほどけ、
本鮪の旨味と融合するのは、
まさに鮨喰い冥利に尽きる。

 

煮物の穴子は
炙った苦みが
味を引き締め、
妙なる香りが鼻孔を抜けて
得も言えぬ陶酔感をもたらした。

〆は山葵入のり巻に
玉子焼き。

わざわざ
焼いて下さり
温くぬくで供された。

水菓子を口直しに頂いて
至極の一人前であった。

*

「魚」編に「旨い」と書く「鮨」は、
『江戸前ずし』とも言う。

昭和の名人
古今亭志ん生曰く
「鮨は、腹いっぺぇ喰うもんじゃねぇ」
とのこと。

生粋の江戸っ子の
「粋」なのであろう。

平成の名人
立川談志も言う。
「腹一杯っていうのは、下品だねぇ・・・」

どちらも、戦中派で
「飢え」を体験している世代だが、
それでも、江戸っ子の「美学」でもある
「痩せ我慢」を良しと言ってみせた。

飽食の時代で、
肥満、生活習慣病が蔓延し、
身に覚えがある自分にとっては
傾聴すべき箴言と捉えている。

*

齢八十になられたという
温厚な大将の手づから
年始の「縁起物」を頂戴した。

こちらも
持参した自家製CDを
お贈りしたら、
女将さん共々、
たいそう喜んで頂いた。

*

近所の電柱に貼られていた
書付が、美しい楷書体だったので、
さっそくプリントアウトして
臨書の手本とした。

街歩きをして、
このような素敵な書体を
見つけるたびに
歓喜しては「集字」を
楽しんでいる。

*

『週刊新潮』が
三週連続で「ワクチン問題」を
採り上げて、ネット内でも
話題になっている。

接種後に亡くなった
1900名もの中から
「遺族会」も出来始めているようで、
ネットでも炎上しつつあるが、
それを察知して
デマ太郎「ワクチン相」は、
誹謗中傷・デマについては
「訴訟する」と恫喝にかかっている。

しかも、言うに事欠いて、
「自分は『運び屋』に過ぎない」
とのことである。

こんな人物が
次期「首相候補」だとしたら、
自民党はオワッている。

N党党首の決めゼリフじゃないが、
「自民党をぶっ壊せ!!」
である。

『新潮』のみならず、
『サイエンス』の科学論文や
京大のウイルス学の博士たちの
サイエンティフィックな論説を
聴くにつけ、
『エイズ薬害問題』以上の
社会問題になるのではないか、
と懸念される。

それでも、
お上は「任意接種」を盾に
「責任逃れ」するか、
「すみませんでした」で
「済ませる」つもりかもしれないが、
仮に集団訴訟となっても
数十年の歳月がかかる事案になって、
遺族や後遺症で苦しむ人たちの
無念の思いは、すぐには
報われないかもしれない。