『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

「八冠」陥落の危機!!

2024-05-03 09:25:23 | 藤井 聡太

 

対戦スコア「1-1」で迎えた
きのうの『叡王戦』第三局。

先手勝率9割5分の
ソーちゃんが
逆転負けするという波乱が起きた。

11連敗から脱して
やっと1勝した
同学年のイーちゃんが
連勝するという
実力をジワリジワリと
見せ始めた。

これで、
タイトル戦勝率10割も
「1-2」となり、
早くも五番勝負の
「カド番」となった。

タイトル戦で「連敗」したのも
初めてなら、
カド番に追い込まれたのも
初めてなので、
棋界では「事件」である。

きのうは
ソーちゃんらしくない
AI推奨の最善手を外し、
イーちゃんは100%
最善手を指し続けたので、
唯一の「勝ち筋」を逃してしまった。

それでも、
互いに1分将棋になってからは、
ソーちゃんの繰り出す
凄まじいばかりの
「罠手」の連続を
イーちゃんがすべて掻い潜る
という攻防は、見ごたえがあった。

タイトル戦に
三度の挑戦者になるほどの
実力がない、並の棋士なら
「竜王・名人」「八冠」の
鬼攻めの迫力に呑まれ
必ずやその“毒饅頭”の
餌食になった事だろう。

負けを悟ってからの
「八冠」は
「竜王・名人」らしからぬ
昔の中学生棋士に戻ったように、
ヘナヘナとなり、
扇子をポトリと落とし
溜息をついてうな垂れた。

師匠にも注意され、
自戒もしていたはずの
「最後まで凛とした姿勢」は
崩れに崩れ、解説者にして
「こうした八冠の姿は初めて」
と言わしめるほどの落胆ぶりだった。

時間に追われ、
最善手を発見できず、
勝機を逃したことが、
どれほど悔しく落胆したか
その姿が物語っていた。

そして、終局後、
八冠失冠のカド番に立たされて
次局への意気込みを訊かれ、
「開き直ってやるしかない」
という言葉が初めて語られた。

今月末の第四局は
「後手番」になるが、
絶対に負けられない
注目の一番になる。

その間には、
トヨピーを相手に
七番勝負の『名人戦』が
三局もあるが、
こちらは「2-0」で
リードしてるので、
防衛は濃厚である。



***

棋戦の昼休中に
買い物に出た。

co-opに行った時は、
決まって、『たけだパン』の
『サラダパン』をランチ食にする。

子どもの頃から
半世紀以上も続く
老舗の名物で、
従妹の娘のYちゃんの嫁ぎ先なので、
自分からみても「遠い親戚筋」になる。

従妹の兄の葬儀の席で、
その旦那さんとも
親しく話をしたので、
彼が作ってんだぁ・・・
という思いで、伝統の
「サラダパン」を味わっている。

カミさんが
お気に入りで、
何度か買って来ている
甘辛のポップコーンも
ちょいと摘まんでみた。

キャラメル・コーティングしてる
甘いのと、通常の塩味が
ミックスして入ってるが、
なんだか、「甘いもん」
「塩っぱいもん」が交互にくると、
エンドレスになりそうになる(笑)。

『塩キャラメル』なぞの商品から
ヒントを得たのかもしれない。

 


**

完成したルネッサンスギターの
最終調整で、フレットの高さを
0.01㎜単位で削り、
音のビリツキを補正した。

また、製作精度の甘さから
やはり、コンマ1ミリ単位の
ガット・フレットの浮き上がりを
指板に接着するのに
瞬間接着剤をサッと引いて
数個のカポタストで圧着した。

これらの作業により、
全部の弦の
全部のフレットで
狂いのない伸びやかな音が
生じるようになる。

今回は、
フレッチング(フレット間隔)の
精度を突き詰めたので、
調弦はどの部位もピタリと合って
気持ちのいい仕上がりになった。

やはり、楽器である以上、
調律が正確でないことには
音楽をする事が出来ないので、
見てくれよりも「最優先」の
細心事項である。


*

これからヤフオクに出品するが、
その為に、YouTubeにアップする
デモ演奏用の楽譜を選定した。

1分くらいがベターなので、
リュートの定番曲でもある
『シチリアーノ』の
ディフェレンシアス(変奏部)の
音出しをしてみた。

ギターコンサートが
終わったばかりなので、
思い切って、爪を切って、
古楽器演奏スタイルの
フィゲタ奏法の「おさらい」をした。

モダンギターと違い、
右手の指運びが
古楽独特のものなので、
それに慣れるまでは
頭ん中のスイッチを
早く切り替えねばならない。



***

「私的11連休」も半ばだが、
今日は、午後から
ご新規の紹介クライエントが
来談にみえる。

学校の児童・生徒でも、
保護者・教員でも、
初対面のカウンセリングには
神経を遣うものである。

その辺りの事情は、
市井の医師や相談職とは
いくらか職能が違う。

なにせ、
「こころの相談」
「いのちの相談」
「たましいの相談」
となると、毎回、毎回、
《機能的関与》ではなく
《全人的関与》が要るのである。

かつて、
短大生に心理学の講義を
持っていた時、
『カウンセリングの章』では、
「毎回、野球のサードのように
どんな鋭いライナーや
ショートバウンドになるような
強烈なゴロが来てもいいように、
神経を張って、全身全霊で構えてる」
と例えたことがある。

プロとしては、
それだけではなく、
フロイトが宣うたように、
それでいて
「フローティング感覚」とも言える
脱力したふんわりした意識でも
その場にいなければならない。

尚且つ、
自分自身の内面と
現在進行の「場」を
第三者的な目で観察している・・・
というような多目的・複視眼的な
関与の仕方が「全人的関与」と言えよう。

これが出来るのが
プロのサイコセラピストであり、
心理カウンセラーなのである。

その為には、
自身が何百時間もの
教育分析やスーパーバイズを受ける、
という実地訓練が必要になる。

なので、
この過程を経ないで
単に、院を修了して
学識と教育実習のみで
国家試験に合格しただけでは
“ペーパー・ライセンス”の
未熟ドライバーの危うさがある。

**

ご新規さんの
インテーク(受理面接)後は、
かならず、精神疲労を伴うもので、
学校ならそうもいかないが、
家でだと、その後、
午睡で爆睡することがよくある(笑)。

その気分転換にも、
工房に入って、
無心に楽器造りに没頭したり、
表具に精出したりするのは、
いいのかもしれない・・・。











 


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 小遣いで御自愛のお届け物(笑) | トップ | 命は運ばれている »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

藤井 聡太」カテゴリの最新記事