
ハイポサーミア(低体温症)は、30℃を切ったあたりから、寒さの感覚や震えが消失し、意識混濁や幻覚が生じ、やがてコーマ(昏睡)へと至る。
個人差はあるものの、雪崩に巻き込まれても窒息さえしなければ、数時間は延命していることがある。
小雪がちらつく三月の海で、全身濡れ鼠になった里奈の体温は気化熱によってもどんどん奪われていった。
海難事故で救助された者が、誰もが毛布に巻かれるのは、この体温保持を図るためなのである。
里奈はまだ口元がカチカチ振るえていた。
それは体の振動によって体温を上げようという生体のホメオスタシス(恒常性維持)作用によるものである。
数分おきに波を被り、小雪混じりの寒風に晒されては、さすがに十代の健康体といえども、しだいにその体力を奪われていくのは必定であった。
元来、冷え性の里奈は、逸早く、指先に痺れを感じ始めた。
それは、日常生活ではついぞ体験したことのない痺れであった。
(とうとう…きたな…)
と思った。
きっと、その痺れが、ジワジワと中心をめがけるように登ってきて、やがては全身に広がり、そして脳に達した時に失神するのだろ…と、おぼろげな意識で悟った。
極寒は、痛覚も刺激するもので、真夏にカキ氷やアイスキャンディーを大量に頬張ったときに、よくおでこに痛みが生ずるときがあろう。
氷と水の入ったボールに塩を投入し、凝固点降下を起こさせると、0℃を下回る氷点下温度になる。そこへ手を浸してみれば、常人ならば、ものの数秒で冷たさ変じて痛みになるはずである。
これは、熱さも過ぎれば痛くなるのと同じことである。すべての感覚の極点は痛覚に通ずるのである。
里奈の肢体もしだいに痛覚が疼きはじめていた。それは、風邪で節々が痛んだ経験とは異なるはじめての体感であった。苦痛といってもよかった。
(早く…失神させて…)
彼女はアンコントローラブルな状態に陥った自分の肢体を見放し、脳にそう願った。
意識さえ消失すれば、あとは楽に逝けるはずであった。
それでも、里奈の苦痛は極限までは未だ達していなかった。それが証拠に、脳内麻薬であるエンドルフィンが分泌されてはいなかった。
人間、瀕死の状態に陥ると、自らの体を外から見る幽体離脱現象やユーフォリア(多幸感)が生じる、ということを世界中の臨死体験者が報告している。
そして、側頭葉にある〈シルヴィウス裂〉という脳の溝に電気的刺激を与えると、それと同様の現象が起こることを、1933年にワイルダー・ペンフィールドという脳神経外科医が発見した。
それが、脳内麻薬のエンドルフィンとどう相関関係があるのかは未だ明らかにはなっていないが、いずれにせよ、蘇生した臨死体験者は、人間には死ぬほどの苦痛に瀕した場合、何らかの生化学的、電気生理学的な回避装置がありそうだ、ということを述懐している。
たしかに、年寄りの誰もが、病身になると、眠りながらそのまま逝けたらいい、という安楽な自然死を望むものである。
人の死に際には、もう一つ、神話的なエピソードがある。それは、個人の一生分を瞬時に振り返る〈パノラマ現象〉が起こることがある、というものである。
これもまた、臨死体験者の証言だが、自分の数十年の生涯を、まるで早送り映像を見るかのように、または、自らが再体験するかのような経験をしたというのである。
里奈には未だ、そのどれもが起きてはいなかった。
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