白泉社文庫。
適齢期をこえても結婚する意欲のない一橋みすずは家族の心配のタネ。そんな彼女にもプロポーズする男性が現れた。幼なじみの吉川弘文は誠実で二枚目で制服姿も凛々しいパイロット。だがその正体は、食欲の前にはプライドも男の意地もない「恐怖の食欲魔人」だったのだ…シリーズ6作に『進駐軍に言うからねっ!』『3月革命』『月夜のドレス』を収録した短編集。
リアルタイムでは何故かほとんど素通りだった作家さんでしたが、「卓抜な着想と意表をつく設定、そしてつねに読者の死角へと向かうストーリー展開でカリスマ的人気を博」し、「その不思議なセリフまわしは哲学的ですらある」と高く評価されていることはもちろん存じ上げておりました。このたび白泉社文庫版をひととおり読んでみまして、畏れ多いことながら、正直言ってぴんと来ない作品がいくつかあったことは事実です。
多分もっと若く(幼く)感受性が豊かで人間的に柔らかかったころにきちんとめぐり会えていたら、すごくすごく好きになった作家さんだったのかもしれません。今や私は頭が固くなり自分の好みができあがってしまっているきらいがあるので、そこらへんで微妙にフィットしない部分があるのでしょう。心酔している方、ごめんなさい。
(でも私マジで、たとえば『甲子園の空に笑え!』『メイプル戦記』とかってどう読んでいいのかわからないんです。『バビロンまで何マイル?』もわからない。恐竜滅ぼしてるうちはよかったんだけれど、チェーザレ・ボルジアはなあ…歴史ドラマにはまっちゃった漫画家がそのまんまそれを描いちゃうようなのって、萩尾望都が『あぶない丘の家』で義経をやったときも私は楽しめなかったんですぅ~『中国の壷』『殿様は空のお城に住んでいる』『フロイト1/2』もわからない。『Intolerance』は好きじゃない。『たじろぎの因数分解』『真実のツベルクリン反応』『花にうずもれて』『かぼちゃ計画』なんかは好きです。リリカルだし、基本的な少女漫画ですよね。『銀のロマンティック…わはは』を名作と称えることに否やはありません。うーむむむ…)
この短編集に収録されている作品は、どれもいいですね。良さの種類がちょっとずつちがうけれど、どれもいい。解説で詩人の伊藤比呂美が書いていますが、確かに私も読んでいてこの人の世界は大島弓子につながるものがあるなあ、と思っていました。薄幸の身の上だけど性格的にのんきな少女とやや不器用な中年(失礼!)男性とか、拾われっ子の弟とか、繊細さ故に奇矯な行動に出てしまうクラスメイトとか、大島弓子がそのまま取り上げていてもおかしくない題材ですよね。食欲シリーズの中では、ヒロインの手料理にインスピレーションを得に来る天才ミュージシャンのお話が近い。でも、この作家が描くからこういう作品になっている。この表裏一体さ加減がすごいなあと感心します。そしてどちらも、まぎれもなく優れた少女漫画なんですよねえ。
少女漫画というのはつまり少女の夢・理想を描いてみせるもので、大昔の端的なスタイルはいわる「ドジでのろまでそんなには(「そんなには」ってところがけっこうポイントだと私は思う)美人じゃないワタシだけれど、学園一のモテモテのカレが、そのままのキミが好きだよ、って言ってくれて幸せ」ってヤツですね。それが、「ワタシ」や「カレ」の設定というかあり方が世につれて変化していく訳です。
大島弓子の繊細すぎて神経質とも不安定とも言える「ワタシ」や「カレ」は新しく、画期的でした。川原泉は似たタイプの「ワタシ」や「カレ」で、大島弓子とはネガポジ反転したようなのんきで怠惰な物語を描くのですが、ちゃんと「好き」で「幸せ」で、そこにはリリカルさもせつなさも、確かにあるのです。すごい作家だなあ。少女漫画ってすごいなあ。少女ってすごいなあ。
あ、『メイプル戦記』の「よかったねよかったね/女の子でよかったね…」って、このことか!? ちがいますね、すみません。
こんなようにしか考えられない私ですが、この作家が好きです。本当です。