駒子の備忘録

観劇記と乱読日記、愛蔵コミック・コラムなどなど

『宝塚BOYS』

2010年02月01日 | 観劇記/タイトルた行
 ル テアトル銀座、2007年6月21日ソワレ。

 終戦直後の宝塚歌劇団に男子部が特設された。事の発端は、宝塚歌劇団の創始者・小林一三に宛てられた一通の葉書。幼いころから宝塚の舞台にあこがれていた帰還兵の上原金蔵(柳家花緑)が書いたものだった。第一期生は電気屋の竹内重雄(葛山信吾)、宝塚歌劇のオーケストラメンバーだった太田川剛(三宅弘城)、旅芸人の息子の長谷川好弥(佐藤重幸)、闇市の愚連隊だった山田浩二(猪野学)、現役ダンサーの星野丈治(吉野圭吾)と変わり者揃い。歌劇団の担当 者は池田和也(山路和弘)。やがて新人の竹田幹夫(須賀貴匡)も加入して、レッスンに明け暮れる日々が続くが…原案/辻則彦、脚本/中島敦彦、演出/鈴木 裕美。

 よかったんですが、いかんせん長い。もうちょっと刈り込んでテンポアップしてもよかったんじゃないでしょうか。
 原作のドキュメンタリー『男たちの宝塚』を未読なのですが、おそらくは史実の方がおもしろいんじゃないのかなー。やや生ぬるく感じました。

 ただしキャスト的には非常に発見が多く、楽しい舞台でした。

 吉野圭吾は劇団四季から音楽座、というキャリアの持ち主だそうですが、私は多分初見。長身でハンサムでバレエやダンスの素養があって、今回のダンサー役はぴったりだし、レビューシーンもたいしたものでした。
 実際に舞台を引っ張るのは柳家花緑で、これがまたピアノも弾いちゃうし歌もいけるしの芸達者っぷり。でもファーストクレジットは無色透明なキャラクターの葛山信吾なんですけどね。『仮面ライダー龍騎』の主役でブレイクした須賀貴匡は二枚目。

 でも一番芝居っけを感じたのはTEAM NACSの佐藤重幸でした。上手い!

 そしてもちろんすばらしかったのは、彼らの寮母に扮した初風諄、宝塚歌劇の『ベルばら』の初代マリー・アントワネットです。台本を読み出すシーンで瞬時に宝塚世界を作り出すその技、感服しました!

 しかし男性陣の何人かがパンフレットのインタビューで、宝塚歌劇を未見だと言っているのは見過ごせません。最後にレビューシーンをやるんだから、「本物」は絶対に観ておくべきです。
 あの華やかな世界にあこがれて、あの舞台に立ちたいと思う男性は、昔も今もこの先も、いることでしょう。けれど彼らには、演出家とか脚本家とか、あるい は大道具さんとか衣装部さんとか、とにかくスタッフになるしか道はない。キャストとして立つことはありえないのです。
 男役に求められていることは、男役にしかできないことであって、そこに男優の居場所はないのです。男役の存在、それこそが宝塚歌劇であり、そうである以上、宝塚歌劇に男優のできることはないのです。
 それはもう、差別と言われようがなんだろうが仕方ない。純粋に性差の問題です。男性に子供が産めないように、女性が男性と互してたとえばプロ野球選手とか大相撲の力士になれないように、男性は男役にはなれないのです。

 日本が宝塚歌劇を必要としなくなる時代は、多分来ないんじゃないかと思います。
 たとえば最初から男と女のあり方が違う国だったら…たとえばフランスとかだったら…そもそも宝塚歌劇は存在していないだろうし、だから男役がどうとか男優がどうとかいう問題もなかったかもしれませんが…
 男性キャストのほぼ全員がもしも今回のメンバーで宝塚第六番目の組を作るならそこで娘役をやりたい、と言っているのはおもしろい。そう、宝塚歌劇の可能 性とは別の性を演じることであり、男優そのままでは居場所がないことは彼ら自身はわかってしまっているのです。そういう特殊なファンタジー世界なのです。
 戦後に、華やかな娯楽にあこがれてがんばった男たちがいた、ということは美しいことだとは思いますが、でも何かが決定的にずれていたんだろうし、それを 彼らにもっと早く指摘してあげる者はいなかったのか、彼ら自身がそれにもっと早く気づけなかったのか、と思うと、こっけいだとか同情してしまうというより むしろ何か虚しく思うところもあるので、それでいまいちスッキリしない舞台になってしまっているのかもしれません。
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ミラノ・スカラ座バレエ団『ドン・キホーテ』

2010年02月01日 | 観劇記/タイトルた行
 東京文化会館、2007年6月8日ソワレ。

 風変わりな田舎貴族ドン・キホーテ(ネド・ツィンゴーニ)は、愛読している騎士物語に夢中になるあまり、自分は勇敢な騎士だと思い込んでいる。彼は隣人 のサンチョ・パンサ(ステファーノ・ベネディーニ)を従者に愛と戦いを求めて旅に出る。ある村で、宿屋を営むロレンツォ(ダニーロ・タピレッティ)の娘キトリ(上野水香)は、床屋のバジル(レオニード・サラファーノフ)と恋仲だったが…振付/ルドルフ・ヌレエフ(原典版マリウス・プティパ)、音楽/ルート ヴィヒ・ミンクス、プロローグ付き全三幕。

 こんなに短い、あっさりしたカーテンコールって、私はバレエ観劇で初めてだったかもしれません…

 いや、上野水香のキトリは素敵だったんです。強気でいなせな娘で、跳んで反り返る背中が美しくて、バランスの見せ場はそれはそれは見事で。ただ、日本人 ばなれした脚線美に比べて腕がどうしても短く見えてしまう難点がある気がするのと、私はこのひとは甲が美しくない気がするのですが気のせいでしょうか…

 まあそれはいい。

 そしてサラファーノフはさらにとてもとてもすばらしかったんです。あんなすごい跳躍、回転技の連続のバジルのバリエーションはこれまた初めてかもしれません。いかにも若そうで、でも難なく楽しそうにやっている感じがとてもよかったなあ。

 だけど、ふたりが揃うと、揃わないのです。二幕のアダージョは持ち直したかに見えましたが、三幕ではまた音の取り方が明らかにバラバラでした。
 ふたりともこのバレエ団にはゲスト出演しているのだし、合わせたお稽古があまりみっちりできていないのかもしれませんでしたが、息が合わないというので はなくて単にズレている、揃っていない踊りというのは観ていてあまり気持ちのいいものではなかったですねえ。

 そこらへんが観客にも伝わってしまっての、最低限のカーテンコールだったのでは…というのは、うがちすぎかしらん。
 あと、偏見かもしれませんがやはり海外のバレエ団って貧乏なんでしょうか? 衣装の色の冴えなかったこと、泣きそうになりましたよ…

 熊川くんが降板しても私はKバレエの『ドンキ』の払い戻しをするつもりはありませんが、絶対あっちの方がセットも衣装も美しいはず!
 エスパーダのミック・ゼーニがまたとてもよかったのが印象的でした。

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Kバレエカンパニー『海賊』

2010年02月01日 | 観劇記/タイトルか行
 オーチャードホール、2007年5月24日ソワレ。

 七つの海を制覇し、向かうところ敵なしの首領コンラッド(スチュアート・キャシディ)率いる海賊船は、コンラッドの右腕アリ(橋本直樹)や荒くれ者ビル バンド(ドゥー・ハイ)を乗せて次々と獲物を手にしていく。だが大嵐に会い、打ち上げられたギリシャの浜辺で、メドーラ(松岡梨絵)とグルナーラ(荒井祐子)の姉妹を始めとする少女たちに助けられ…演出・再振付/熊川哲也、原振付/マリウス・プティパ、台本改訂/熊川哲也(ユーリー・スロニムスキー/ピョートル・グーセフ版による)、原台本/ジュール=アンリ・ド・サン=ジョルジュ、ジョゼフ・マジリエ(バイロンの詩による)、音楽/アドルフ・アダ ン、レオ・ドリーブ、リッカルド・ドリゴ、レオン・ミンクス他、舞台美術・衣装/ヨランダ・ソナベンド、レズリー・トラヴァース。全2幕。

 2001年からつけているこのサイトでの観劇記に記録がなく、引っ越しのときに舞台のパンフレットを一部処分してしまったのでそれもみつからず、いつどこのものを観たのかわからないのですが、私は『海賊』の全幕バレエを一度以前観たことがあって、当時も今も全幕上演されることはあまりない舞台だと知って はいましたが、すごくおもしろく観た記憶が残っています(それで言うと『バヤデルカ』なんかもそうだ。グラン・パ・ド・ドゥやバリエーションがコンクール やガラ・コンサートで踊られることは多くても、全幕上演は少ないそうですが、あれも私の好きな演目のひとつで、機会があればまた観たいです)。
 だから今回 もすごく楽しみにしてチケットを取りました。吉田都の回のチケットが取れなかったのはまあ仕方がないやというところでしたが、熊川くんのアリが見られるん だったらそれで満足、という思いでした。
 上野から始まった公演は劇評も好評で、わりととっちらかった感もあるストーリーを非常に上手く演出しているとも褒められていましたし、ものすごく楽しみにしていたのでした。が…

 札幌公演一幕終盤での負傷、以後代役公演…と聞いて、怪我は心配ですがもちろん残念で残念で…でもその後、手術もあるかもという怪我だということがわ かって、だとしたら1ヵ月の降板どころかリハビリを考えたら復帰は来年?みたいな事態になってきていて、ますます心配は心配です…

 でも、今回、「バレエはずっと興味はあったんだけど観るのは初めて」という知人を連れて行くことになっていたので、どうせだったら本当に、いいものを見せてあげたかったので、残念でした…

 会場にはちらほらと空席もあり、キャスト変更による払い戻しに応じたのかな?という気がしました。

 が、舞台は、すばらしかったんですよ!

 やっぱり『海賊』はおもしろい、ということもありますが、『ドン・キ』なんかでも感じましたが、熊川くんはとっ散らかりがちな古典バレエのストーリーを 上手く収拾し劇としておもしろく見せる手腕が本当にある。ダンサーとしてだけでなく芸術監督としてもたいそうちゃんとしたものなのです。今回は音楽捜しと その並べ替えから始めたそうですが、非常にクリアで展開も早く実におもしろいストーリーになっていて、バレエお初の知人はミュージカルなんかは観るタイプ だったので、
「バレエってずっとただ踊っているだけで退屈するんじゃないかと思ってこれまで敬遠していたのですが、こんなふうにお芝居みたいに楽しめるものだったんですねえ!」
 と大感激してくれていました。よかよか。

 そして、抜擢というか、でもずっと代役としてお稽古を積んできていた橋本直樹のアリがまたすばらしかったんですよ。まったく臆することなく演じきって見せていて、舞台に対し遜色なかったと思います。有名なアリのバリエーションもとてもとても良かったです。よかよか。
 ただしこの演出だと、吉田都のメドーラは役不足だったかもしれませんね。もともとKバレエは古典バレエにありがちなバレリーナ偏重が少なくて、バレリーノにも十分役や見せ場が作られているのがひとつの特徴ですが、今回はグルナーラをメドーラ姫の侍女ではなく姉に設定していて、まずこのグルナーラがけっこう目立つ。
 第一幕でもメドーラより先に出てくるし、少女たちが薄いブルーの揃いの衣装なのにたいしメドーラの衣装は濃いブルーなのですが、グルナーラは パープルっぽくてひとり色みがちがうので目立ちます。背は松岡梨花の方が高いので、ヒロインオーラも感じましたが、私はこちらが年上の侍女で、荒井祐子のやや幼い姫をかばったりなんたり世話やいている役なのかとも思ってしまいました。
 グルナーラは、奴隷市場での奴隷商人ランケデム(輪島拓也)とのパ・ド・ ドゥもとてもはなやかだったし。メドーラにはコンラッドとの愛のパ・ド・ドゥとかの見せ場もありますが、第二幕のほぼアタマに持ってきた最も有名なグラ ン・パ・ド・トロワは、もちろんすばらしかったけれどやはりアリに注目してしまう…という点があるので。

 逆にビルバンドやランケデムなど大活躍で、それは観ていておもしろかったです。
 でもビルバンドの裏切りとかは全然記憶になかった…こんなお話でしたっけ? あとアリが死んじゃうのも、これはパンフからするとオリジナルにはなく今回 入れたアイディアかもしれませんが…ただそうするとアリはまあいいにしても、グルナーラに対しノー・フォローでちょっとかわいそうだったなあ。ラストシー ンは、海賊船に乗って旅立つコンラッドとメドーラ、だけ、ですからね…

 アリというキャラクターは、パンフでは「コンラッドの右腕」とされていましたし、私も知人に説明するときに「海賊のボスとナンバー・ツーと姫君の、有名 な踊りがあって…」とか言っていたのですが、どちらかというと組織のナンバー・ツーというよりはコンラッド個人の従者、に近いイメージがありますよね。ボス個人に忠誠を誓っている、忠実な若者。アリにメドーラへの(つまりボスの恋人への)秘めたる愛というか慕情、みたいなものを見る向きもあるそうなんです が、どうなんだろう…あのパ・ド・トロワは、私はアリはコンラッドのために参加しているのだと思ってきましたが(^^;)。

 あいかわらず衣装と美術もすばらしく、奴隷市場なんか天井の美しさに見惚れました。
 そんなわけで公演は非常に良く、客席も盛り上がり、カーテンコールも長く続いたのですが、そうしたらなんと最後に熊川くんが挨拶に舞台に出てきたんですねー。黒のスーツ、白いシャツ、ノーネクタイ、そして片足を引きずって…松葉杖をついたり車椅子に乗るような状態じゃないとわかって安心したけれど、舞台 監督としてどこかで舞台を観ているだろうとは思っていたけれど、安静にしていてほしいとも思うし、でも元気な姿が見られてうれしいとも思うし、彼も彼目当てでチケットを買ってきてくれた観客にお詫びと挨拶がしたかったんだろうし、でもダンサーが踊ることなくステージに出て観客にお辞儀をするってやっぱり複 雑な心境だったろうなと思うしで、もうだだ泣きしてしまいました。客席もそこでスタオベが起きました。
 熊川くんは本当にえらくて、一度みんなの中でそろって挨拶した後、今度は幕前に橋本くんとふたりで出て彼を称え、そのあとはもうすぐ引っ込んだのでした。彼が、踊っていない彼だけが歓声を浴び続けていても仕方がないとちゃんとわかっていたのですね。すばらしいカーテンコールでした。払い戻ししてしまっ たお客はいざ知らず、この日この公演を観た人は、変わらずバレエを、このバレエ団を応援していこう、と思ったんじゃないかなあ。よかよか。
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『何日君再来』

2010年02月01日 | 観劇記/タイトルあ行
 日生劇場、2007年5月18日ソワレ。

 1988年、台湾。阿片に博打、盗みに売春、なんでもありの不夜城「新世界」に、日本人の音楽プロデューサー・日向英一郎(筧利夫)が迷い込む。やがて どこからともなく聞こえてくる美しい歌声に耳を傾けているうちに、銃を手になだれ込んできた中国公安部の工作員と迎え撃つ台湾マフィア「鬼蜘蛛」との戦い に巻き込まれてしまう。歌声のする倉庫に、中国共産党の諜報員リン(黒木メイサ)が銃を向けるが…作/羽原大介、演出/岡村俊一、音楽監督/からさき昌 一。全2幕。

 台湾と中国の政治に利用されたテレサ・テンの歌…というモチーフで作られたフィクション。作者は映画『パッチギ!』や『フラガール』の脚本家ということで、才能あるなあ! ギャグが漫画っぽいところとかから考えて、わりと若い人なのでしょうか?

 筧さんが飛ばす汗も浴びられそうな三列目センターでの観劇だったのですが、ハコの大きさにふさわしい大型娯楽ミュージカルかつ反戦大作熱血作になっていて、私は大感激、思わずスタンディング・オベーションを送ってしまいました。すばらしかった! 私は好きだ!! 「詰め込みすぎ」という劇評も見ましたが、その志を私は買いたい!!!

 辻ちゃん降板でちょっとヘンに話題になってしまった舞台ですが、私はダブルキャストの石川梨華が観たくてその回を取っていました。モーオタばっかの客席 だったらどうしようと思っていたのですが、むしろテレサ・テンのファン?という感じの老夫婦が多く見られました。
 でもコンサートはともかく普段お芝居なん か観ないでしょ、というお兄さんたちが多くいたのも事実。これをきっかけにこういうものも観てくれるようになるととてもうれしいです。

 女好きの私としてはスレンダー美女三人をこんなに間近で観られて大眼福なのがまずうれしかったです。

 台湾生まれの中国共産党の女スパイ、しかしてその正体は清国の王家の血を引く王女…という黒木メイサは、軍服もチャイナドレスもそれはそれは美しく、『あずみ』でもすばらしかったアクションはさらに磨きがかかって、テレビドラマ『拝啓、父上様』も素敵だったけれどやっぱり舞台でこういう強い役がいいんでないの!?って感じです。

 一方、日向の元恋人で、在日韓国人でありながら日本人歌手・青空のぞみとして生きるリ・スジョン役に彩輝なお。『プロデューサーズ』なんかもよかったけれど、歌に磨きがかかってセリフの発声も滑らか、宝塚時代はそんなにファンではなかったんだけれど、いい舞台女優になってきました!
 韓流ファンとしては韓国語がやや怪しく聞こえましたが、日本人の恋人の父親に
「三国人は国へ帰れ、朝鮮人の嫁を持つくらいなら死んだ方がましだ」
 と言われる 在日韓国人の気持ちは、韓流ファンだからこそわかります。のちに月日が経って、日向の車椅子を押す優しい姿が泣けました。

 そして我らがチャーミー!
 贔屓かもしれませんが、この美華という役は辻ちゃんでも代役の吉澤ひとみでもなく石川梨華にこそぴったりの役だったのではな いでしょうか。
 美華は中華料理店のアルバイトで、気が強くてぶっきらぼうで、でも巻き込まれて頼まれれば器用に綺麗になってやりもする、いやいやつきあっているようでいて楽しんでいる部分もあり、そのうちささやかながら自分の夢も持つようになって、でも命懸けの政争騒ぎとなれば怖いし逃げ出したくなるし自 分が大切にされていないことにすねもする、でも覚悟を決めたら割り切ってがんばっちゃう、テレサ(en-Ray)が台湾人の女の子でリンが中国人の女、スジョンが韓国人の女で日向が日本人の男なら、「日本人の女の子」代表の役です。それってモー娘。だよね、と思っちゃいますよ。
 かつ、あんまり子供っぽくて もいけないしボーイッシュすぎてもいけなかったと思うのです。アイドルというのは観られるのが商売、キャラになりきるのが商売なので、この大舞台にまった くひるむことなく立っていられるのが考えれば当然なのですがすばらしく、感動しました。半端なテレビ女優が舞台に挑んでおたおたするのとは訳がちがいまし たよ。カーテンコールで深々と頭を下げて見せるうなじのなんと美しかったこと!

 この三人の美女が舞台を彩りましたが、もちろんこの作品そのものがen-Rayの歌声なしではありえなかった企画なので、テレサ役としては舞台でほぼ呆然と立っているだけなのですが、それがまたいじらしくてよかったです。そういえば美華がくちパクでなくワンコーラスだけ歌った「つぐない」はご愛敬だった (笑)。

 日本で暮らしているけど台湾人、という「台湾人の男」の役のアキラ(藤原一裕)はお笑いの人だそうですが、大阪弁で大柄で声量があってちょっと目立ちすぎなくらいでしたが、これまた達者ですばらしかった。

 敵役で後半にしか出てこなかったけど、中国民主化運動の狂信的なリーダー役の遠山敏也もすばらしかった。韓流ファンとしては南北統一問題にはちょっとくらいは思いをはせますが、中国と台湾の統一・独立問題というのも確かにあるのでした。そしてそこにも戦争で日本が台湾を領有していたことが絡んでいるんだ もんね…ううーむ。

 そしてそして、ほぼ出ずっぱりの主人公、大汗かいての大熱演の筧さんもすばらしかったです。「川の流れの始まるところ」の歌声も良かったなあ。意外と辛抱役で難しかったと思うのですが、中国人に「日本が戦争に負けたからいけないんだ」と言われてしまうような、戦えない、いや戦わない、だけどがんばる「日本人の男」を演じきってくれていました。

 リンは日向が好きだったんだと思うな。そういう心理的・感情的なラブロマンスの部分は膨らませることを避けた作りだったと思うけれど、私はそう感じまし た。「イツノヒカキミカエル」という歌がラストに歌われるものだと私はてっきり思い込んでいて、その「君」とはリンのことなんだろうな、と考えていまし た。リンはテレサをかばって戦いの中に消えた、その行方は誰も知らない、でも日向はスジョンとともに、「イツノヒカキミカエル」と歌って彼女の帰りを信じて待つ…みたいなラストを勝手に頭の中で作ってしまっていたので、むしろ死んだのはテレサだったという展開にちょっとついていきづらくなってしまいまし た。確かにテレサ・テンは若くして客死しているのです。
 テレサの歌は一時戦いを止めたけれど、結局は大勢の人が死に、テレサも死に、リンもまた死んだのだと思います。そして時がたち、今、人々はどこの国の人も、テレサの歌を歌う…

 ラストシーンは現在の話なのだから、テレサの墓に白い花を捧げに現れた白い服の少女はリンではなく、リンに似たどこの国ともつかないアジア人の少女、と いう役にするべきだったでしょう。だから彼女はそのまま大団円シーンにいてもよかったし、その白い服のままでカーテンコールに応じてもよかったと思う。それがリンのなりたかった、リンの本来の姿だったと思うから。大団円シーンに彼女だけがいなくてさびしくて、それは着替えのためだったんだとあとで知れたの が残念だったので。

 でもこのカーテンコールはよかった。舞台がハッピーエンドというか一応前向きなもので、幕がだーんと降りて、そのあともう一度幕が上がってキャストがお辞儀がしてくれる形のものだったので、気分良く気持ちが切り替えられて、拍手がスムーズにできました。
 「歌こそ最終兵器」と聞けばアニオタは古く『超時空要塞マクロス』を思い起こしてしまいますが、ジョン・レノンの「イマジン」が放送禁止になって物議を醸したのはごくごく最近の話であり、「歌が禁じられる」という非常事態が日常化しそうなきな臭い世の中になってきていることは確かです。私は作者やキャス ト目当てでごく無造作に舞台を観ていますが、反戦主張のものに当たる確率が多くなってきている気がします。文化人があえて反戦の作品を作らないではいられ ないくらい危険な世の中になっているということが悲しいです。私は改憲に反対です。
 国や為政者が禁じても、空はひとつで区切れない、電波は、声は国境を越えて人の心に届きます。愛も信頼もまた届くと信じたい。
 テレサ・テンのベストアルパムが買いたくなりましたよ。歌謡曲の力ってすばらしい。でもそれでいくとアジアで大ヒットしたという「何日君再来」という歌 は日本ではあまり知られていないのかな? ぜひ日本語歌詞で終盤に朗々と歌われるといい、と思いました。『川の流れの~』ももちろんいい歌でしたが。
 うーん、いい舞台だったなあ、いいものを観たなあ。たくさんたくさん公演されるといいなあ。
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