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「壺石文」 下 22 (旧)二月十日(つづき)

(散歩道の八重のムクゲ)

「壺石文 下」の解読を続ける。

けこの器物(うつわもの)に飯を盛りて与うれば、すなわち、頂き奉げて家に持て帰りて、いつも/\病うの床にぞ、進(まいら)せける。嵐激しく吹きし折り、雪打ち散りて寒さこよなき夜々は、衣を脱ぎて父に貸し、自らは赤裸になり、あぐみ居て、藁火焚きてぞ、あたるなる。
※ けこ(笥子)- 飯を盛る器。
※ あぐみ - 足を組んで座ること。あぐら。


かくばかり辛(から)き目見つゝ、いたわり、かしずけども、爽やぎもて行かざるを歎きて、とある神垣に夜ごとに詣でて、乞い祈むめり。哀れなること侍りき。殿のはゆまづかいの、夜更けて急ぎくる道に、行き交いに、赤裸なる童の一人来遭いたる。いと怪しと思いて、打ちつけにぞ、捕えたる。おじよ(おじさん)、妾(わらわ)はしかじかの業(わざ)にて、寒詣でするものなん。怪しと覚(おぼ)さで、疾く許し給いねかし、と詫(わ)ぶめり。
※ 爽やぎ(さわやぎ)- 気分がさわやかになる。多く、病気が回復することにいう。
※ 神垣(かみがき)- 神社。
※ 乞い祈む(こいのむ)- 神仏に願い祈る。祈願する。
※ はゆまづかい(駅馬使)- 駅馬を利用する公用の使い。
※ 打ち付けに(うちつけに)- いきなりに。突然に。だしぬけに。


哀れの事よ、こう寒き夜の甚く更けてけるを、さらば、衣一重をだにとて、脱ぎて与え
なんとしければ、さては誓言(ちかごと)に背きぬと言い/\て、疾く過ぎにけり。かの駅使、いとゞ哀れと見持て別れにき。
※ 駅使(うまやづかい)- はゆまづかい。駅馬を利用する公用の使い。

つとめて(翌朝)かの童が家を訪ねて行きて見れば、あばら屋の、莚(むしろ)も敷かざる高簀の子に、よべの赤裸さながら、うつ伏し臥したり。打ち付けの傍ら目(かたはらめ)いと甚(いと)う、あわれに心苦しう覚えて声づくれば、親にや、祖父(おぢ)にや、ぼけ人の太り過ぎたる、打ち驚きて、床の辺にもごようめり。
※ よべ(昨夜)- ゆうべ。
※ 打ち付けの(うちつけの)- いきなりの。突然の。
※ 傍ら目(かたはらめ)- わきから見たところ。
※ 声づくる(こわづくる)- 咳払いする。
※ もごよう - 足腰が立たず腹ばいになって行く。


読書:「倖せの一膳 小料理のどか屋人情帖2」倉阪鬼一郎 著
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