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江戸繁昌記初篇 65 上野 5

(庭の小菊)

「江戸繁昌記初篇」の解読を続ける。

奇妙頂礼、開山大師の好方便、一月輪流、三十六房を為す。宝帷座所と霊験の新たなる都人の群参、殆んど虚刻無し。護摩の烟は煨薯(やきいも)の竈を圧し、賽銭の雨は儺鬼、豆を撒(まきちら)す。一日億兆の善男善女、貫魚膜拜、仏に白(はく)して言(もうさ)く。咸(皆)な、その衷膓を訴う。
※ 奇妙頂礼(きみょうちょうらい)-「帰命頂礼」のもじり。奇妙。奇妙きてれつ。
※ 輪流(りんりゅう)- 代わる代わる。順番に。交代で。
※ 宝帷(ほうい)-「帷」は垂れ幕。「宝」は美称であろう。
※ 虚刻無し(きょこくなし)- 途切れることがない。
※ 儺鬼(おにやらい)- 節分の豆撒きの起源となった大晦日の行事。
※ 貫魚(かんぎょ)- なわで貫きとおして並べた魚。(仏前で列をなす様子)
※ 膜拜(もはい)- ひれ伏す。ひれ伏して礼をする。
※ 衷膓(ちゅうちょう)- 胸の中。


一少女、十二文銭を賽し、目を閉じ合掌して曰う、この一つ四銭は、願いは双親(もろおや)壮健、百年長寿ならんこと。この一つ四銭は、願いは産業、贏(余)り多く、日来涎着する金簪(かんざし)、玉櫛、唐紵絲帯を連ねて、不日に買い得んことを。この一つ四銭の如きは、則ち伏して願うは、愛する所の倡某万福ならん。
※ 日来(にちらい)- ふだん。平生。
※ 涎(よだれ)着する - 垂涎の。よだれの出るような。
※ 唐紵絲 -「とうじゅす」とルビあり。
※ 不日に(ふじつに)- 多くの日数を経ないこと。近いうちに。
※ 倡某(わざおぎぼう)- 「倡」はわざおぎ(役者)。(「やくしゃのだれさん」とルビあり)
※ 万福(まんぷく)- 多くの幸福。また、幸福の多いこと。


少年嚢(ふくろ)を探り、一塊銭を抛(なげう)ちて曰う、去年狎(なれ)する所の娼某(くれ)、某を悦ぶこと、実に過ぐ。情義己れに見え、全く疎意無し。慈親、その、これの如きを知らず。兄弟、その、これの如きを知らず。宗族、知らず。朋友知らず。皆な知らず。謂うぞ、某、彼に騙(だま)されると。昨(きのう)(いさめ)、今(きょう)争う。蚊蝱(カとアブ)紛々、耳煩(わずら)わしく、心に衡(あらそ)わる。
※ 娼(しょう)-「おいらん」とルビあり。
※ 某(くれ)- 不定称の人代名詞。名を知らない人、また、それとは定めない人、名をわざとぼかしていう場合などに用いる。なにくれ、くれがし、など、熟して用いる。願いは、為めにこの煩悩を除け。
※ 情義(じょうぎ)- 人とつきあう上での人情や誠意。人情と義理。
※ 疎意(そい)- うとんじる気持ち。隔意。
※ 宗族(そうぞく)- 共通の先祖をもつ一族。一門。
※ 紛々(ふんぷん)- 入りまじって乱れるさま。


今の相思の結ぶ所、玉顔(未必玉顔)妍々、立てばこれを前に見、輿すればこれを軛(くびき)に見る。人に、物に、見るとして玉顔たらざるはなく、遇うとして玉顔たらざるはなし。宗族もまた玉顔なり。朋友もまた玉顔なり。仰ぐ所の尊像も、また玉顔に彷彿たり。それ既にこの若(ごと)し。奈何(いかん)ぞ思いを回(めぐ)らさん。奈何ぞ志を奪わん。願いは快くこれ生々夫婦ならしめんことを。
※ 玉顔(ぎょくがん)- 玉のように美しい顔。
※ 未必玉顔(みひつぎょくがん)- 必ずしも玉顔とは限らない。
※ 妍々(けんけん)- 優美なこと。美しいこと。。
※ 生々(しょうじょう)- いつまでも。長い間。

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