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上越秋山紀行 下 9 四日目 湯本 1

(あらさわふる里公園の菊展示)

「上越秋山紀行 下」の解読を続ける。

程なく、湯本近き中津川原の辺りへ漸々付き、眺望すれば、実にや湯本と見ゆるは左右の大樹を伐り開くと見え、夕日影も入りぬれと晴々しく、川辺さして下るに、近頃大樹原を伐り焼払え、湯守が畑もの仕付けと見え、前に記せし如く、畑中あたら大木の椈(ぶな)、杤(とち)の類、顛々(点々)と臼よりも遥か大なるが朽ち倒れ、或は出頭したるが如く、立ち枯れなるも、焦(こげ)てあり。または人力の五人か七人位で片寄せる程の樹は、皆な畑の邪魔にならぬ様に、垣したるように畑取り巻いて、いかにも動かしかねるは、畑中に横たはり、この前後左右、焚物になるを伐り捨てにするこそ、宝の山に宝を捨つるように思いぬ。
※ 出頭(しゅっとう)- 頭を出すこと。

既に中津川の川原下る処、岩石屏風の如く、ここに大なる藤蔓結(ゆ)わえ付け、これに把(つか)まりて川辺へ下りる。暫く川上へ上り、大石積み重ね、西岸数間の大石にして、細き丸木橋二本懸けて、柴さえ掻い付けず。行悩みぬ。

  秋寒し こゝも芋がらに 似たる橋

湯本の往来は川西にて、牛馬の往来も佳(よ)きなれども、川東より入湯の者は稀なるべし。即ち桶屋は、この日は茸狩して重きも厭わず、予が笠、短刀までも携えて、すか/\と渡るに、予は二本の丸木に匍匐(はらぼう)て、水中の大磐石に白浪砕け散って衣を潤(ぬら)し、西岸の大岩近く水底藍にして、一処懸命なり。あはれ、踏み外さばの餌食とならんと、矢猛心に漸々大磐石に把(つか)まり付、蘇生したる様に溜息を。桶屋は石上に腰打ち掛け、笑ひながら、湯守が家に着きぬ。
※ 鱗(うろこ)- 魚など、うろこのある生き物。
※ 矢猛心(やたけごころ)-いよいよ勇み立つ心。たけだけしくはやる心。


主じ、嶋田彦八と申すは、信濃箕作村なる嶋田三左衛門の分家かして、同姓なり。時節、長月の寒冷にや、浴のもの、長屋にも湯守りが宿にも一人も見えず。いとどさえ、折端に近き山越負い、川帯び、秋山の留めなれば、森々たる老木、黄昏の夕風に紅葉吹散りて、龍田川小倉山をも欺(あざむ)くばかりに、梢を伝う哀猿の声は何れとも、塒(ねぐら)に帰る鳥も見えず。
※ いとどさえ - ただでさえ~なのにさらに。
※ 龍田川(たつたがわ)- 小倉百人一首、紅葉を詠んだ歌、
  千早ふる 神代もきかず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは
※ 小倉山(おぐらやま)- 小倉百人一首、紅葉を詠んだ歌、
  小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば 今ひとたびの みゆき待たなむ
※ 哀猿(あいえん)- 悲しげに叫ぶ猿。実は、求愛の声だとも。
  猿を聞く人 捨子に秋の 風いかに(芭蕉「野ざらし紀行」)
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