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上越秋山紀行 下 20 六日目 屋敷 1

(庭のシャコバサボテンの花)

「上越秋山紀行 下」の解読を続ける。

この夜も暁を急ぐ鶏の声、諸共に起き上り、温泉に暖まり、朝飯も静かに過して、親子三人(みたり)、再びこの地へ悠々と湯治に来たらんと、口には云えど、心は頓(やが)て夕日の齢に及ぶ。何をかゝる辺地は思いも寄らず。流石(さすが)この湯はこの世の名残りと、転離別の情、頻りに主親子も名残り惜しみ、暫く見送りくれぬ。

これより西の山際なる道は、すべて、下結東までは東秋山と違い、道も殆んど佳(よ)くなり、また奇樹、怪石筆に尽しがたしと云えども、読む人必ず倦(う)むならんと略して、その内、見捨てがたきをのみ記し侍りぬ。



(挿絵、聳えて見える赤倉山の図)

(以下は挿絵の中の詞)
この図は赤倉山、路傍に近く、聳えて見える図。また新たに畑伐り広げるは、二、三月の頃、凍(し)み渡りして、雪の上より大樹を伐り倒し、雪消え払わば、丈余りの皆大樹の本にて、最初の図の如く、小木の伐り捨て乾く頃、風上より焼き払えば、倒れし大木の枝まで、共に焼いて、のたわりたるを、そのまゝにいたし、寝木や磐石の合い/\を畑にいたし、場処上の上下に寄り、十年乃至(ないし)十六、七年も畑にいたし、終には土疲(痩)せて、実りあしければ、荒し置くと己(おのず)と終りには茫々たる茅野となる。


さても湯本を立ちてより、やゝ一里ばかりも過ぎて、森と欝々たる古木路傍に、露茫々たる茅原広野に靡(なび)き、或は、その中に大樹を、八、九尺乃至(ないし)(じょう)余りの上より伐り、小枝葉などのなき、丈より上より伐り倒せし木、横竪てに蟠龍の如く、凄冷(すさまじ)く、これより少し過ぎて、屋敷と云う村、十九軒あり。高低の処に抹踈(まばら)に家見え、信濃の国、箕作り村の庄屋、三左衛門支配とかや。
※ 蟠龍(ばんりゅう)- とぐろを巻いた龍のこと。地面にうずくまって、まだ天に昇らない龍。

この村端にて四方を眺望するに、頃日、川東の秋山にて詠めし赤倉山は、この屋敷村の持山にて、に当り、万仭の嶮、巌尖に壁は上毛の榛名の奇峰の如く聳え、すべて群峰、韻を押すが如く、時しも紅葉の盛りにて、若干の松、桧の類、その中に常盤の、色を争う。
※ 頃日(けいじつ)- 近ごろ。このごろ。
※ 乾(いぬい)- 戌(いぬ)と亥(い)の間を示し、方角では北西の方角になる。
※ 万仭(まんじん)- 非常に高いこと。また、非常に深いこと。
※ 巌尖(がんせん)- 尖ったいわお。
※ 若干(そこばく)- いくらか。たくさん。
※ 常盤(ときわ)- 木々の葉の色が一年中変わらぬこと。また、常に緑色を保つ木。常緑。
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