河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

PC版に一覧等リンクあり。
OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。

487- 芸術の秋も冬模様 指揮者業界に人材はいるのか

2007-11-30 23:08:00 | 音楽

この11月のオーケストラ・来日ラッシュでは、

クリストフ・エッシェンバッハ指揮パリ管、

マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送響、

などもきた。

この二人、二つのビックオーケストラの常任を兼務している。

.

クリストフ・エッシェンバッハ

→パリ管

→フィラデルフィア管

.

マリス・ヤンソンス

→バイエルン放送響

→ロイヤル・コンセルトヘボウ管

.

彼らの才能が、どうのこうの言う前に、いかに人材がいないか。

または、

彼らに匹敵する指揮者が本当にいないのか。

.

この二人が、これらのビックオーケストラを4つも席捲しているなんて、うそみたい。

.

実際のところ半分うそみたいなもんだろう。

だって、音楽シーズンはどこへいっても秋から翌春までときまっている。

たとえ両方をフルに振ったとしても、半分ずつしか振れない。

実態はもっとひどいと思う。

1シーズン30週ぐらいだとして、半分で15週。

これだけで、既に、希薄な関係。

客演とかで、指揮者だけあっち行ったりこっちに来たりするから、せいぜいその半分の78週ぐらいが関の山だと思う。

1シーズンに78週ぐらい振って、常任指揮者だと。

はっきりいって、指揮者とオーケストラの特別な関係なんて無いに等しいのではないか。

エッシェンバッハがパリ管の常任になって何か変わったのか。

彼が振っているときだけ、彼向きに変わっているだけでしかない。

そんなの別に常任でなくても客演で指揮者の場合でも、山のようにある現象だ。

.

いまどき、指揮者とオーケストラの関係なんて、こんなもんなんだろう。

適当に変えて、また、ベートーヴェン全集やブルックナー全集のCDを作り、去っていく。去らされていく。

そしてまた新しい指揮者が、別の全集を同じように作ってまたいなくなる。

なんとも味気ない業界になってきたものだ。

オーケストラは無個性となり、そんなのあたりまえ、指揮者が無個性、だったりするもの。

そして、文化の平板化が始まる。

金太朗飴のオーケストラには金太朗飴の棒振りを。

なぜ、パリ管とフィラデルフィア管をこの指揮者が振っているのか、全く理解できない。

.

人気blogランキングへ

Banner2_1 人気blogランキングへ