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書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

白石昌也 『ベトナム民族運動と日本・アジア』

2011年05月16日 | 東洋史
 福澤諭吉=「脱亜論」= アジア蔑視・侵略主張というステレオタイプ。巻末にベトナム語・中国語(漢文)・フランス語・英語などさまざまな外国語のおびただしい参考文献が挙げられているが、日本語の読解力は大丈夫か。『福沢諭吉全集』に収録された「時事新報」論説をそのまま福澤のものと見なしてしまっているのは、この研究が平山洋氏や井田進也氏の研究が出る前のものだから仕方がないにせよ、「処分」即“侵略・分割”とするなど、自分の目と頭でテキストを読んでいるかどうかが問題なのである。この人は、母語でも外国語でもいい、辞典を常に横に置いて、すこしでも解釈に自信がない、自分が知っている意味では文脈上腑に落ちない言葉があったら引くのだろうかと。

(巌南堂書店 1993年2月)

琉球新報社編 『新琉球史 近世編(上)』

2011年05月16日 | 東洋史
 執筆者は高良倉吉、紙屋敦之、豊見山和行、真栄平房昭、上原兼善、梅木哲人、田名真之、池宮正治の各氏。 
 向象賢(羽地朝秀)という人はおもしろい人だったらしい。これまで知っている限りの歴史上の人間像でいえば、中国北宋の王安石、我が国越後長岡藩の河井継之助と似ているような(高良倉吉「向象賢の論理」、梅木哲人「近世農村の成立」)。この人の政策文書集『羽地仕置』を直に読んでみたくなった。また田名真之氏の「近世久米村の成立と展開」もたいへん勉強になった。

(琉球新報社 1989年9月初版 1992年9月6版)

「シン・ミナ、バービー人形も顔負けの脚線美を披露」を読んで(私の僻目かもしれないが)

2011年05月16日 | 思考の断片
▲「中央日報 Joins.com」2011年05月16日09時45分。
 〈http://japanese.joins.com/article/946/139946.html?servcode=700§code=740

 この新聞のエンターテインメント欄を見ていると、韓国の俳優さんは肉体美ばかりを誇っているようにみえる。男性は腹筋であり、女性は脚線である。私はアン・ソンギやソル・ギョング、オ・ジョンヘといった人たちが好きなのだが、ここではとんと名を聞かない(ソル・ギョングはユン・ソナが結婚する時に相手としてよく名前が出た。2年くらい前)。ちょっと寂しい。

YouTube 「テキサス親父 中国漁船の巡視船への衝突ビデオが流出(字幕付き)」

2011年05月16日 | その他
http://www.youtube.com/watch?v=ncjObXGgJaw&feature=related

 字幕がときにうるさいが、内容のおもしろさはそれを補って余りある。
 "commie"(アカ)なんて言葉、ナマの人の口から聞くのは久しぶりだ。『キャノンボール2』(1984年)以来か(バート・レイノルズが言っていた)。いや『JFK』(1991年)でも誰か言っていたかな。ジャック・ルビーあたりとか。
 とにかく、1990年代の初めに私が居た米国中西部の町は、黒人は一家族しかおらず、日本人を含む東洋人は町にある唯一の私立の大学の構内にいるだけで町の人々とは日常接点はなく、町の住民はほとんど100パーセント中欧・東欧からの移民の子孫(つまり白人)で、文化的に均質度がたかく、他民族や他人種は、テレビや雑誌、本の写真でしか知らない存在だった。相手がいないのだから差別は起こりようもなく、当然、その種の差別用語も、まず聞くことはなかった。まったくなかったとは言わない。一度子供に"Jap!"と、石を投げられたことがある。  

沖縄歴史研究会編  『新版 沖縄県の歴史散歩』

2011年05月16日 | 日本史
 「新全国歴史散歩シリーズ」の11。
 できがいい本。これを持って沖縄へ行けば良かった。
 最後の人頭税についてのコラムに衝撃を受ける。沖永良部島に関して言えば、人頭税は定額制であった、つまり人口が増えれば一人当たりの負担は軽くなったはずだから、あながち重税ではなかったはずだという。それが後世に伝えられるまでに悪税として名をはせたのは、税そのもの以外の理由を考えるべきではないかと。人頭税=悪税、というより“悪いもの”という価値判断を先行させていた自分に喝!
 
(山川出版社 1994年7月1版1刷 1998年7月1版3刷)

宮崎市定 『宮崎市定全集』 全24巻・別巻1冊

2011年05月16日 | 東洋史
 『アジア史論考』(上中下)と、『アジア史研究』(全5巻)と、『アジア史概説』と、『中国史』(上下)と、『隋の煬帝』と、『世界の歴史7.大唐帝国』と、『五代宋初の通貨問題』と、『科挙』と、『九品官人法の研究』と、『論語の新研究』と、『中国文明選11 政治論集』と、『雍正帝』と、最後に『自跋集』と、あとせいぜい砺波護先生が肝いりで出された随筆集数冊とを読めば、この全集を読む必要はないのではないか。京大御家流の弟子筋に当たらぬ外部の者が「馬廠長日記」など読んで何の意味があるのかという感想。

(岩波書店 1991-94年)