草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

傲慢な権力者に立ち向かうには暴言だってありだ!

2014年10月22日 | 祖国日本を救う運動

保守は一人一党であるわけだから、メダカのように群れる必要はない。そしてお利口さんにならなくてもいいのだ。権力者のような公の立場でもない。しかも、今回の場合は橋下徹大阪市長が最初からぶち壊そうとしていたのだ。それがわかった時点で、在特会の桜井誠会長の勝ちである。暴言や殴りかかろうとしたことを批判する意見があるが、見当違いも甚だしい。政治の延長が戦争であり、権力闘争には暴力が付き物である。マルクスは暴力革命を肯定していたし、レーニンはそれを前衛党に行わせた。日本の右翼だって実力行使を否定したことはない。そんなことを言えば、吉田松陰だって、テロを扇動したことになる。あの程度の言い合いはあたりまえだ。それよりも大事なことは、権力者に立ち向かった勇気である。相手は警察官に守られているのだ。そこに突っ込もうとしたのだから、見上げたものである。70年前後が青春時代であった我々は、そこまでの勇気はなかった。極左の暴力の前に言論を封殺された。香港の若者たちにしても、ある意味では捨て身の実力行使なのである。占拠することが、法律で容認されるわけはない。しかし、やらざるを得なかったのである。平和ボケした日本人には理解できないだろうが。

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行動する保守をネットが支持するのは政治家に癒着しないからだ!

2014年10月22日 | 祖国日本を救う運動

何度でも言おう。既成の政治家やマスコミへの国民の怒りを代弁しているのが、今話題になっている行動する保守なのである。彼らの思想については異論がないわけではない。しかし、どこにでも出かけて行って持論をまくしたてる。それはある意味ではトリッキーであり、政治に大きなインパクトを与えているのは事実ではないか。橋下徹大阪市長は一昨日の討論会で、在特会の桜井誠会長を挑発したことに対して、「宣伝の場にさせたくなかった」とか弁明しているが、だったら会わなければよかったのだ。桜井会長が立ち上がって橋下市長に向かっていったのも、あれだけ罵倒されれば、男が血気にはやるのは当然である。三島由紀夫は林房雄との「現代における右翼と左翼」(『流動』昭和44年12月号)をテーマにした対談で、大東塾の靖国神社問題への対処の仕方を高く評価した。「政治家をぶんなぐることがいいかどうかはわからない。ただ影山氏の塾の人がやったことは、ある一つの思想をとおすには、どうしても法的にも、議会政治的の上でも、どうしてもとおらない、しかしそれが日本にとって本質的なものだと考えたら、あの方法しかないんじゃないですか。その方法の良し悪しというよりも、あの方法しかないからやったんでしょう。そういうふうな、どうしてもやらなければならんことで、ほかに方法がないということをやるために右翼団体というものはあるんだと思うし、塾というものがあると思うんだ」。過去の日本の歴史を振り返ってみると、政治家に癒着しない右翼が存在して、言いたいことを口にするとともに、政治家を懲らしめてきたのである。行動する保守にも、それなりの存在理由があるのだ。だからこそ、ネットでは大きな支持を得ているのである。

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