政治の動きを見ていると、世の移ろいの早さを痛感してならない。今回の総選挙で自民党が政権を奪還したが、日本中が「政権交代」のバカ騒ぎに浮かれてから、これまでに3年3ヶ月が経過した。杉本秀太郎が『平家物語』のなかで「あることのはじまりは、あることのおわりであり、逆もまた然りとするなら、私が予感とともに待ち受けているのは、まさしくこの世の無常の姿、いのちを享けたものすべてがたどる一栄一落の有様以外のものではない」と書いている。杉本が「かすかな胸騒ぎ」を覚えるのは、この世は生成流転するからだろう。民主党政権の致命傷は、守勢に立たされた場合の対処の方法、つまり負けっぷりが最悪であったことだ。自民党は負け方が立派であった。野党に転落しても、分裂することなく、反転攻勢の機会をじっと待っていた。丸山真男ではないが、日本人の古層には、日本人特有の次々となりゆく勢いがあって、それに抗することはできないからだ。もう一度自分たちが必要とされる時がやってくる。それを確信していたために、自民党は謙虚に敗北を受け入れたのである。これに対して民主党は、野田佳彦首相の後の代表を選ぶのにもたついている。日本を愛さない者に、使命感が芽生えるわけもなく、次の目標も見えてこないのだろう。平家一門ではないが、奢れるものは久しからずであり、民主党政権は一時の夢でしかなかったのだ。後悔先に立たずである。
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