ポポロ通信舎

(旧・ポポロの広場)姿勢は低く、理想は高く。真理は常に少数から・・

非情なリストラ世相 2013

2013年01月04日 | 経済

あけましておめでとうございます。
当ポポロの広場にご来場のみなさま、本年もどうぞご巡回ください。お待ちしています。

「追い出し部屋」とは

昨年末の朝日新聞紙上に『限界にっぽん』と題して企業リストラに関する記事が1面2面に亘って特集されていました。余剰対象となった社員が一堂に集められ「事業・人材強化センター」の名目で研修をしている。それを従業員達は「追い出し部屋」と呼ぶ。

原型はいつ頃から現れたのであろうか。1987年の国鉄清算事業団も似た感じだったと思う。「追い出し部屋」の正式名は「プロジェクト支援センター」(N社)、「キャリアステーション室」(S社)とさまざま。とりわけ30代正社員の人減らしが2000年代に入り大企業で増えている。当然日本全体で製造業で働く人の数がどんどん減っている。

「合理」化から「リストラ」へ

企業が労働生産性を高めるため余剰資産や余剰人員を整理をすることは今に始まったことではない。終戦後から70年代までは「合理化」と呼ばれた。労働運動でも「反合理化闘争」がスローガンの一つに挙がっていた。本来の合理化の意味は、決して悪いものではなく「古い慣習的な方法をルール化」(M・ウェーバー)などを指し、そのため「良くない合理化」にはカギカッコを入れ、「合理」化反対、と表記したものです。

バブル崩壊後、人員整理が徐々に忍び寄ってきた。今度は「合理化」でなく「リストラ」と英語表記で和らげた印象をもたせて。リストラ(Restructuring)の語源は、ロシア語の「ペレストロイカ」(再構築)から来たという。ペレストロイカはソ連改革のゴルバチョフ大統領の政治手法でまったくマイナスのイメージはなかったはず。しかしそこから派生された「リストラ」は、しばらくしてたちまち色あせた。もっぱら「整理解雇」の意味になってしまった。今では日常会話の中でも「お父さんがリストラされた」とか「とうとう私もリストラになりました」という言い方が一般化し、リストラ=解雇=首として用いられている。考えてみるとなんとも非情なことが日常化してしまったものです。

90年代、選択と集中の「リストラ」に対して「リエンジニアリング」(Re-engineering)が登場した。すでに「リストラ」にマイナスイメージが付き始めていて、もっと積極的に劇的に全業務を見直し再設計するという意味で「リエンジニアリング」と言い換えようと、私の職場では上司が提唱し私も大いに賛同した過去が思い出されます。

リストラが株高の怪

大規模なリストラが電機産業を襲っています。非情なことにリストラ計画が発表されると株価は上がる。その規模が大きければ大きいほど株価も上がる。これは「株式時価総額の拡大」を基準に企業が投資家から評価を受けることによる。ともかく目先の利益を上げようとして、不採算部門はどんどん切り捨て事業所・工場ごと売却をすることも。売上高が伸びなくても大幅なコスト削減によって見かけの収益はアップします。しかしリストラ実施による利益確保はすぐに底をつき企業丸は浸水し沈没に向かわせてしまう。

行き過ぎた「選択と集中」

日本の電機産業は、選択と集中にの名の下に、温存しておかなければいけない重要な技術までも売却し流出させてしまった。自動車産業との経営戦略の違いを感じます。基幹産業の自給率・技術力確保という点では、これからの農林業など他産業のあり方にも示唆されるものがあるように思います。

「ポポロ」は働くものの応援広場

製造業、中でも電機産業で働くお父さん、お母さんにはきびしい風が吹き荒れています。今年も当広場は、働く人たちの生活と権利を守るための応援ゾーンでありたいと思います。謹んでよろしくお願い申し上げます。

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コメント (2)
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