♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■十戒 -自由への励まし- 10 / 大嶋重徳

2017年05月11日 | Weblog
2017/5/11放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 大嶋重徳です。

 聖書には十戒と呼ばれる神と人との間に結ばれた約束があります。十戒を始めとした聖書のことばは人間を縛りつけるものではなく自由へと導くためのことばなのです。

 十戒第二戒には、「あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。」(出エジプト記 20章4節)とあります。第二戒が私たちに指し示す自由への生き方とは何でしょうか。それは不思議に聞こえるかもしれませんが、闘いに生きることです。クリスチャンなのに闘うのですか? と尋ねられるかもしれません。しかし神と人を愛する歩みに闘うべき戦いがキリスト者にはあるのです。

 目の前にある神様を神とせずに立ち上がって来る様々な問題に対して沈黙を保ち、虐げられている人のために共に痛み声を上げることをしないことは、愛する次世代の子どもたちに信仰をつないでいくことができないようなことになることがあるからです。第二戒、「あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。」という戒めは、通常の生活では見えにくい闘いの相手を自覚的に意識することを求めてきます。

 では偶像とは何でしょうか。それは人間が刻む神の像のことです。偶像を造る事の一番の問題点は、人間の思い通りにできる神を造り出すことです。偶像はものを言いません。偶像を刻むとき、人間は自分の狙い通りの神を造り出すことができます。そしてこれこそが神なのだと、その神にものを言わせ、実際は自分のやりたい事に神の権威付けをすることができるのです。そして人間は偶像を刻むことによって自分が神になれる道筋をつけることができるのです。

 第二戒は、私たちから「イエスは主」と告白することを巧妙に奪おうとする力があることを自覚させます。そして神様を神様とすることを骨抜きにし、知らず知らずの内に偶像礼拝をさせようとする力の本質を見抜くことを求めるのです。第二戒はキリスト者が闘うべき相手がいること、闘うべき時を知らせてくれるのです。そして聖書の語る神は人間が神となっていく傲慢な道を第二戒で閉ざします。偶像は自分に都合の悪い事を言ってきませんが、聖書の神は私たち人間の罪をはっきりと示します。そして偶像を刻む生き方に、はっきりと闘うように求めて来るのです。

  ( PBA制作「世の光」2017.5.11放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。


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