♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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PBA『世の光』を文字で 

■神さまに祈るということ / 羽鳥頼和

2013年02月23日 | Weblog
2013/2/23放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 羽鳥頼和です。今日は旧約聖書の詩篇5篇から、神様に祈ることについてお話したいと思います。

 この詩篇の作者はまず神様のことを「私の王、私の神。」(2節)と呼んでいます。神様は自分よりも偉く自分を支配する王なのです。

 そして謙遜な思いをもって「私の言うことを耳に入れてください。・・・聞き取ってください。・・・私の・・・声を心に留めてください。」(1節、2節)と神様が自分のことばその思いを聞いてくださるようにと熱心に語りかけています。「主よ。朝明けに、私の声を聞いてください。朝明けに、私はあなたのために備えをし、見張りをいたします。」(3節) また、「私は、豊かな恵みによって、・・・あなたを恐れつつ、あなた・・・に向かってひれ伏します。」(7節)と語っているのです。

 高ぶっている者、悪いことをしている者を神様は喜ばれません。ですから祈る者は今の自分が高ぶっていないか、悪いことを考えていないか、自分の心を見張るのです。

 神様に祈ることができてその祈りを神様に聞いてもらえるということは、当然のことではなく、恐れ多いことであると共に、素晴らしい恵みなのです。

 そして神様への願いも、自分の希望であると共に、神様に喜ばれることでなければならないのです。神様は正しい方ですから神様への願いも正しい者でなければなりません。ですから「私を正しい道に導いてください。正しいことを行えますように。」(8節参照)と祈ります。そして悪を行う者が自分自身の悪によって破滅するように神様が悪を滅ぼしてくださいと願うのです。

 そして祈りの最後は「まことに、あなた(神様)は正しい者を祝福し、大盾で囲むように愛で彼を囲まれます。」(12節)と語るのです。神様に祈るとき、自分自身の心を確認し、神様を恐れ敬う心をもって祈るのです。そして神様が御自身にふさわしいことをこの世で行なってくださることを願い、期待し、そして確信するのです。

 新約聖書のヨハネの手紙第一 5章14節にこのようにあります。「何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。

 (PBA制作「世の光」2013.2.23放送でのお話より )

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