花の四日市スワマエ商店街

表参道スワマエ商店街会長のひとり愚痴

市井からの眺め87関西鉄道⑰

2020年07月08日 | レモン色の町

下総人さんから、久しぶりのコメントです。これが義経号か?の言葉に・・・
答:これは一号機関車です。しかし、なんと酷い装飾。
イギリス製なのに、ランプはアメリカ型。塗装も本当はグリーンではなかったかと思われます。
私の記憶では、ドリームランドに入線したのは、イギリス製の一号機関車とアメリカ製の義経号(弁慶号と同型)を模したディーゼルエンジンの機関車だったと思います。開園当時の姿はオリジナルに忠実だったように思います。

と、いうことは下総さんもドリームランドへ出かけているんですね。二台の機関車が、園の周囲を回っていた様子がイラストからわかります。写真から伺えるのは、手入れのしていない機関車の悲しい姿でした。

下の写真:弁慶号機関車(7100型蒸気機関車)製造年:明治13年(鉄道記念物)

北海道ではアメリカ製のSLで鉄道運転が始まった。先頭部のカウキャッチャー、火の粉止め機能を備えた大きな煙突、まるでウエスタン映画に出てきそう。

銘板に1880年(明治13年)の文字が貼ってある。

ドリームランドの弁慶号(レプリカ)

1号機関車(150型蒸気機関車)製造年:明治4年(国指定重要文化財)

明治5年新橋〜横浜間で運転を開始。当時の機関車はすべてイギリスからの輸入だった。日本へ輸入され最初に検査を受けたのが1号機関車。

銘板には製造年の1871年の文字が。

1号機関車には銘板と共に日本語のプレーとも掲げられている。国鉄での役目を終えたあと、島原鉄道に移籍した。その後、国鉄へ返還される際に別れを惜しむ社長の言葉が取り付けられていた“惜別 感無量”。

 埼玉県さいたま市 鉄道博物館「時空旅人」“日本鉄道歴史紀行”より