床屋さんに行くと、中学生と覚しき男の子が終わるところだった。主人が愛想よく送り出す。男の子は黙って金を払い、一言も口をきかずに出て行った。“本があって猫がいる”出久根達郎著より
見知らぬ人に話しかけられたら警戒せよ。と教えられて育った世代なのだろう。行きつけの床屋でも気を許さないのである。山歩きを趣味にしている人からも聞いた。山道ですれ違う際、挨拶をするのが山の礼儀というが、こちらが声をかけても無言の者が増えたらしい。その人は、個人商店の衰退と関係がありそうだ、と推測を述べた。話しかけられるのがいやだから、スーパーや自動販売機を利用する。個人商店は閑古鳥である。
私の住む町も次々に、なじみの店が消えていった。威勢の良い売り声が、いつの間にか無くなり、町はなんだか町の様でなくなった。物を売る店はあっても、売り声の響かぬ商いばかりである。客との対話がなくとも、成り立つ商売なのだ。現代人は人との無駄話をいやがるようになった。かくて言葉というものは、ますます貧困になり、減少していくだろう。
※ 映画「トキワ壮の青春」に使われていた曲「胸の振り子」意味不明の歌詞でした