花の四日市スワマエ商店街

表参道スワマエ商店街会長のひとり愚痴

東海道五十三次より興津 結末編

2024年07月14日 | ひろ助が巡る花の東海道

NHK出版「東海道五十三次」より(図書館の本です)

満五郎の指導は、褒めることで強さを導き出すことだったが、その結果、西ノ湖(にしのうみ)は、相撲の力はついたがうぬぼれの心も付いてしまった。

事件は、その夜の由井宿で起きた。旅籠の二階で食事をしていたその隣の大部屋では、十人近い客が酒を飲んでいた。「相撲取りってえのは、食いたいだけ食ってりゃぁ商売になるんだから、気楽なものよ」と笑い声が聞こえてくる。その声は大きくなり、悪態はエスカレートしていった。

満五郎は、眼に見えていら立つ西ノ海を押さえていたが、ついに抑えきれず膳をひっくり返すと立ち上がって襖を勢いよく飛び込んでいった。大声でわめきながら次々と客を投げ飛ばす。部屋の中は天地がひっくり返ったような状態になった。

「こりゃ派手にやったなぁ」取り調べに来た役人は尋ねた。「おぬしがやったのか?」大男が静かに答える。「はい、私がやりました、膳所藩(ぜぜはん)お抱え力士、光電満五郎でございます」

「で、そちらの男は」「あれは、同じく膳所藩の西ノ海にござりまする。賢い男で、私の乱交を止めてくれました」西ノ海は部屋の隅でそれを黙って聞いていた。「関取の喧嘩は御法度、藩へ報告するが、関取の地位はないものと思え」ひと通りの見分のあと、役人は帰り際こうささやいた。「本当に、これでよいのか」「はい、これで異存はございませぬ」満五郎の脳裏には過去の相撲人生が走馬灯のように駆け巡った。

見分が済んだ翌々日の朝は、吸い込まれそうな青い空が広がっていた。無口な西ノ海に満五郎は付いて進む。やがて興津川が見えてきた。川越しの準備をしていると、目を真っ赤にはらした西ノ海が籠から降りてきてこういった「満五郎殿、京までの道のり、どうか駕籠に乗っていただきたい。これからも土俵に上がることができるのは、満五郎殿のおかげ、恩人を差し置いては、男の名分が立ちませぬ」しばらく興津川を眺めていた満五郎はかみしめるように「かたじけない」と笑顔を向けた。

さして深くもない興津川。しかし光電は初めて四枚肩の籠に乗って川を渡った。


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