先の連休中は 6野党の「ストライキ的」審議拒否が国民的不評を買った訳だが、今の国会には 少なくとももう一つは見直されるべき事案が潜んでいる様に思えてならない。国会における、所謂「張り付き大臣」問題がそれだ。
今春、必要の度を超えて 必ずしも必要ではない審議にまで出席を強いられた河野外相の「国会出席のあり方を見直して、外交々渉の為の出張など、仕事の時間が取れる様にして欲しい」との SNSメッセージが話題となったのは、まだ記憶に新しい。こうした電文は、永く保存を願いたいものだが、例の 6野党筋から(国益軽視の)批判があったとかで、残念ながら削除された様だ。ただ、我々国民市民は 政治運営のあり方を考える時、河野外相のこうした訴えと 真摯に向き合う必要がありはしないか。
日本国憲法第 9条で 国際紛争解決手段としての戦争を放棄した以上、力量のある外交は 祖国の今と今後の為に必須の事共だ。その為には、外務大臣の国会質疑出席は、どうしても必要な最低限のものを除いては制限されるべきであり、国会期間の平日でも、機動的に外国へ出られる態勢を整えるのが筋だろう。他省庁の大臣も、多かれ少なかれ抱える問題とは思うが、外相のそれは、我国の安保問題にも関わるだけに、特段の配慮が求められると愚考するのだが。
日本国憲法第 63条には 確かに「閣僚は、答弁、説明が必要な時は 国会質疑に出席しなければならない」旨の規定があるが、同法制定当初とは比較にならぬ程 国際情勢が大きく変わり、果たして健全な解釈がされ、国政の運営に資されているかどうかには疑問が残る。全勢力がそうではないと信じたいが、与野党の一部には 憲法のこうした規定までも「国益の為の国政よりは、自勢力の為の政局」に利用しようとする不良意図が疑われる事象が散見されるのだ。その意味で、河野外相の問題提起は健全だ。6野党国会議員中にも、数年前までの民主党政権時代に 閣僚経験のある人物が複数あるはずだが、こうした問題さえまともに理解しない様なら、国民市民の支持や理解は得られまいて。大体、安部総理が事前に断って 手洗所に立つ事さえ揶揄する辺りは、最早人間的資質さえ疑われる様に思われるのだが。
河野外相は、又 外相専用飛行機の配備を提案されているのも有名だが、それは前述の国会対応問題提起をされた上で、それが望ましい改善が得られない場合の代替案の意味もあろう。国民市民サイドとしては、両方一度は呑めないが、まずは国会対応を改善して、緊急時は、外務副大臣による説明、答弁を積極的に有効とし、尚それらが不調な場合に限り外相機配備の方向なら 国民多数の理解が得られるかも知れない。
こうした「張り付き大臣」問題は、少なくとも外相については日本だけが抱える問題の様で、中国大陸など諸外国では外務優先が確立し、議会との向き合いも そうした国益を弁えての流れになっているとか。やはり一部を除く野党は、こうした国際的な流れを学ぶ事なく 内輪の目先の事で、政府与党と徒(いたずら)な対立を深めるだけに終わっている印象だ。傍目には「国益より政局かよ」の様にしか見えないのだが、心あるなら 閣僚国対の外国事例なども一度は研究を願いたいものだ。今回画像は、一度は前回途中まで掲出するも、変更した首都圏の高級リゾート列車「トラン・スィート四季島」の山梨県内での様子を。今回最後に、関連記事をリンク致します。 https://www3.nhk.or.jp/news/web_tokushu/2018_0329.html