アブソリュート・エゴ・レビュー

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男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎

2008-02-10 13:27:14 | 映画
『男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎』 山田洋次監督   ☆☆☆☆

 寅さんシリーズ32作目。ということで初期のテンションの高さはないが、その代わりに余裕と円熟味を感じさせる一篇。この作品はコメディパート、寅さんの恋愛のしみじみ感、マドンナの魅力、サブプロットなどそれぞれ充実しておりかつバランスが良く、個人的にはかなりの傑作だと思う。

 まずマドンナの竹下景子がいい。竹下景子はシリーズに三回登場し、それぞれ別人を演じているが、その中でもこのとも子がベストだと思う。美しく、可愛らしく、しとやかで清楚でありながらいじらしい。はっきりいってメチャチャーミングです。たまりません。この次にマドンナを演じたのは三船敏郎の娘りん子役の『知床慕情』だが、りん子と本作のとも子はかなり役柄が似ている。寅さんとマドンナの父親が仲良くなるところ、寅さんが父娘の家に居候するところ、マドンナが出戻りであるところ、そして何といってもマドンナも寅さんに好意を寄せるところ。

 そう、本作でとも子は明らかに寅を好きになっている。『知床慕情』では周りに冷やかされた寅が黙って去っていって終わりというあっさりしたオチになっているが、本作ではとも子が寅に会いに来るという駄目押しつき。彼女は柴又まで寅の気持ちを確かめに来るのである。ここまでやったマドンナが他にいるだろうか。この場面のスリルと、寅のいくじのなさはシリーズ中随一である。とらやでみんなで雑談している時は絶好調で喋っているが、とも子と二人きりになると途端に落ち着かなくなる寅。そして「ひろしでも呼んで来よう」と立とうとする寅の袖を、とも子が掴む。何も言わずに掴むのである、竹下景子が、袖を。鼻血ブーである。そして「もう帰らなくちゃいけないの。柴又駅まで送ってきて」ところが寅さん、さくらにとも子を送らせ、自分はお土産のつくだにか何か買いに行ってしまう。だあ~何やってんだこの馬鹿。そして駅のホームでようやく追いつく。うだうだとつまらないことを喋る寅。電車が入ってくる。とも子のあせる表情が最高にいじらしい。そして再び必殺の袖つかみ。察したさくらがそっと距離を取る。そしてこの(第三者のさくらがいるという)状況で、とも子はあくまで寅の気持ちを確かめようとするのである。なんといういじらしさ。ところが対する寅のリアクションは、とも子の気持ちを土足で踏みつけそのままどぶに投げ込むに等しい。父に再婚相手はどんな人がいいと聞かれた時寅さんみたいな人がいいと言った、という必死の告白に対し、笑いながら「和尚さん笑ってたでしょう。おれだって笑っちゃうよ」父の言葉を気にして寅さんが出て行ったと思って、謝りたいと思っていたという言葉に対し、「そんなのおれが本気にするわけないじゃねえか。安心したか?」

 馬鹿である。稀代の大馬鹿ここにあり。とも子はすべてが自分の誤解だったと誤解し、永遠に去っていく。当たり前だ。なんというもったいないことだろう、シリーズ中もっとも魅力的なマドンナだというのに。まあしかし、とも子と結婚するにはやっぱり寺を継がないといけないのだろうし、寅にはそれは無理なので、しかたがないのかも知れない。

 コメディシーンとして秀逸なのは、やはり寅が坊さんになって諏訪家の法事に現れるところ。さくらと博の動揺が最高におかしい。長男が博とさくらを寅に紹介するシーンもおかしいし、博が「兄さん」と長男に呼びかけるのに「何だ博」と寅が答えるのも面白い。後になって博が「まるでおれ達までグルになって騙したみたいで気分が悪いな」というのも笑える。このコメディシーンは諏訪家の兄弟達が遺産のことで言い争う、という気が滅入る重たいシーンの後に訪れるので、ひときわ爽快だ。

 まだ若い中井貴一と杉田かおりの純情なラブストーリーもいい味を出している。列車に乗って岡山を出て行く中井貴一とそれを追って泣きながら走る杉田かおり。ベタながら純情素朴さを漂わせる二人の演技にぐっと盛り上がる。中井貴一がとらやに行くシーンもいい。仕事で遅くなり、もうとっくに帰ったと思って落ち込んでいるところへ、さくらの「まだいるわよ」の言葉。こういう時のさくらは菩薩に見えるなあ。停電した寅屋の二階でのラブシーンはしっとりしみじみ。

 寅が居候するとも子と和尚の寺も見晴らしが良く、屋内の光景も情緒に溢れている。中井貴一演じるとも子の弟はカメラマン志望で、彼が撮影旅行に行った先の風景が何度か出てくるが、映画の空気を引き締めるような美しさがある。和尚役の松村達雄は二代目おいちゃん役だが、とてもいい味を出している。

 しかしまあ、この作品はやっぱり竹下景子でしょう。あの黙って袖を掴むしぐさはたまらん。


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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
「必殺袖つかみ」ですか(笑) (あんの)
2008-02-11 19:13:51
こんにちは

私も「寅さんシリーズ」の中では、この作品の竹下景子さんが一番可愛かったと思います。
いや、このレビューを読ませていただくまで『知床慕情』に出てたの忘れてましたけど。どうも知床は寅さんVS老後の菊千代という構図が強烈でそちらの印象ばかりが残って(苦笑)

>とも子のあせる表情が最高にいじらしい。

あせってるとこがまたよかったです(笑)

レビューを読ませていただいて、またこの作品が見たくなってきました。
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竹下景子 (ego_dance)
2008-02-15 10:38:04
>私も「寅さんシリーズ」の中では、この作品の竹下景子さんが一番可愛かったと思います。

やっぱりそうですか! 同意見の方がいて大変うれしいです。ほんと可愛いんですよねえ。もうこの映画の最後の部分はハラハラして見ていられないくらいです。

『知床慕情』はやっぱり三船敏郎の存在感が大きいですね。竹下景子もいいんですけど。もう一個寅さんがウィーンにいくやつにも出てますが、あれは最後に寅さんの目の前でオーストリア人青年とキスするシーンが強烈でした。
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