アブソリュート・エゴ・レビュー

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野菊の如き君なりき

2014-04-01 21:01:56 | 映画
『野菊の如き君なりき』 木下惠介監督   ☆☆☆☆

 1955年の木下惠介監督作品を、日本版DVDで鑑賞。モノクロである。これが有名な『野菊の墓』の初映像化作品らしい。その後山口百恵でTVドラマになったり松田聖子で映画化されたりと、なぜかアイドル映画の定番になっているが、私はそれらを一つも観たことがない。今回初の「野菊の墓」体験だったが、まあ大雑把に言うと昔風の純愛もの、お涙頂戴ものである。少年少女といっていい年頃の清らかな恋、周囲の反対、生木を裂くような別れ、そして悲劇的な結末。道具立ては揃っている。

 時代も時代だし朴訥とした味わいの映画だが、エンタメお涙頂戴もののフォーマットはちゃんと踏まえていて、意地悪な嫁など明確な憎まれ役がいて、憎まれ役は最後に報いを受け、そして周囲の人々は全員最後に「自分たちが悪かった」と猛烈に反省する、という展開だ。最後の最後にどっと泣かせて終わる構成もなかなかあざとい。

 が、フォーマットこそお涙頂戴ものだけれども、これは単なるメロドラマと片付けてしまうにはもったいない映画だと思う。侮れない要素を持っている。侮れない要素の一つ目はまず、このモノクロ映像の美しさ。もはや日本から失われてしまったほとんど神聖なほどの自然の美しさが、墨絵を思わせる繊細なモノクロ映像で表現されている。野原、夕日、林、田舎道などすべてそうだが、圧巻なのが雨の船着場での別れのシーン、そして月下の嫁入りシーンだ。ほの白い月の明かりに照らされる中、婚礼の行列が村の道を静かに進んでいく。花嫁が顔を上げた時に祖母が言う「お嫁さんはうつむいて行きなさい」のセリフ。この場面の夢のような美しさにはため息が出るばかりだ。花嫁が夜に嫁いでいくというのは知らなかったが、昔はそういう習慣だったのだろうか。お嫁さんはうつむいて、というのも、フェミニズム的にはどうあれ、日本古来の奥ゆかしさを感じさせる。特にこの場面では、民子は政夫への思いを諦めて自分の意に沿わない相手に嫁いでいくわけで、その哀しみがこの場面のはかない美しさを一層引き立てる。

 ただし、それだけに、回想場面すべてに額縁みたいな丸い枠がついているのが残念だ。画面が小さくなってしまうだけで、何の必要性もない。

 侮れない要素の二つ目は、この映画全体が湛える無常観である。この物語全体が老人(笠智衆)の回想という体裁になっていて、彼は長い年月を経て、人生を終える前にもう一度大切なものに別れを告げるために、生まれ育った村を訪れる。冒頭の老人と船頭の会話の中で、人生は川のように流れ去る、泣いたり笑ったりしてもあっけないもの、という意味のセリフがあるが、これこそこの物語に一貫して流れるものだ。人生のはかなさと、その中にあってなおかつ残るもの。この映画はそうした事柄を訴えかけてくる。

 民子が家族全員から説得(というか叱責)され、意に沿わない相手との結婚を承諾した後、民子の祖母(浦辺粂子)が能天気に喜ぶ皆をいさめるシーンがある。そこで彼女は、自分の亡き夫を思い出してこんなことを言う。自分の人生の中で、あの人と一緒になれたことが本当に嬉しかった、他のことは、あってもなくてもいようなものだ、と。これも冒頭の老人の感慨と同じ意味だ。人生の中で、本当に大切なことは数少ない。大部分は、あってもなくてもどうでもいいようなもの、時が立てば泡沫のように、跡形もなく消えてなくなってしまうものなのだ。

 この感慨は真実だと思う。この歳になると分かる。いざ死を目前にした時、私も必ずや心の底からそう思うに違いないのだ。そして、もしも自分の人生が泡沫のようなどうでもいいことに拘泥し、大切なものをおろそかにした人生だったら、どれほど後悔しても後悔しきれないだろう。

 さて、この下で軽く映画のラストに言及する。これから観る人の興を殺がない書き方をするつもりだが、ストーリーの展開を一切知りたくないという人は読まないでいただきたい。












 先述した通り、この映画のラストは泣ける。「ごんぎつね」レベルの泣ける度である。まず巧いのは、ラストがすべて民子の祖母の語りになっていること。加えて、あの不意打ち。不意打ちというのは泣かせのテクニックとしてはきわめて重要だ。しかもこの映画では、最後の不意打ちを最大限に生かすためにかなり丁寧な伏線が張ってある。

 民子と政夫が愛し合っているのは分かっている。最後に民子が死ぬことも、まあ予想がつく。が、政夫は民子の最期に立ち会うことができない。なぜならば、死の床についた民子がただの一度も彼の名前を口にしなかったため、誰もが、民子はもう政夫のことをすっかり諦めたものと思ったからだ。結局、民子は政夫のことは何も言わないまま死んでいく。ところが民子が息を引き取った後、固く握り締めたその手を皆で開いてみると、そこから出て来たものは……。

 これは反則である。号泣するしかない。皆様、ハンカチのご用意を。

 


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