アブソリュート・エゴ・レビュー

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天外消失

2009-03-04 21:36:43 | 
『天外消失』 早川書房編集部・編   ☆☆★

 その昔<世界ミステリ全集>と銘打たれた画期的な全集があり、その最終巻だった伝説的名アンソロジー『37の短篇』の復活、というのが本書『天外消失』のウリらしい。なんと三十五年ぶりだそうだ。しかしタイトルが違うことから分かるように完全な復刊ではなく、もともと37あった収録短篇が14に減っている。その事情は解説で書いてあるが、要するに他の短編集やアンソロジーに収録された作品を除いたら14篇になったというわけだ。もともとの収録作品を眺めてみると確かに壮観で、ハリイ・ケメルマン「九マイルは遠すぎる」、ロイ・ヴィカーズ「百万に一つの偶然」、ロアルド・ダール「おとなしい凶器」、ジャック・リッチー「クライム・マシン」などが並んでいる。伝説的アンソロジーと呼ばれるのも納得だが、今回の復活は、意地悪な言い方をすればこういう名作を取り除いた残り物の、いわば落穂ひろい的なアンソロジーであるわけで、昔の『37の短篇』と同等のクオリティといえるかどうかは疑問である。

 読了後の印象としては異色ミステリ作品集といったところだ。なんせ、いきなり「ジャングル探偵ターザン」である。ターザンが仲間の雌ゴリラをさらった雄ゴリラを追跡する、という話なのである。すご過ぎる。しかも結構面白い。ポール・アンダーソンの「火星のダイヤモンド」はSFだし、「探偵作家は天国へ行ける」は、殺されたミステリ作家が一日だけ蘇って自分を殺した犯人を捜すという「幽霊探偵」もの。フレドリック・ブラウンの有名なメタフィクション「後ろを見るな」も収録されている。それからリドル・ストーリーの古典的名作である「女か虎か」。こういうのが「九マイルは遠すぎる」や「おとなしい凶器」と一緒に収録されていたのだから驚きだが、そこから本格的な名作を差し引いた結果、普通の異色ミステリ短篇集にスケールダウンしてしまった感じだ。

 タイトルにもなっているクレイトン・ロースンの「天外消失」がやはり一番面白かった。刑事二人が尾行し、目を離さないでいた男が電話ボックスの中から煙のように消失する。不可能興味は満点である。解決も人間心理を巧みに利用したもので納得できる。それから「女か虎か」。これはリドル・ストーリーというものに興味がある人なら必ず知っているはずで、スタンリイ・エリンの「決断の時」と双璧をなす名作である。アル・ジェイムズという無名作家の「白いカーペットの上のごほうび」も他愛ないわりに結構面白かった。ただし、とてもミステリとはいえない人を喰った話である。どっちかというとポルノっぽい。逆にシムノンの「殺し屋」やイーヴリン・ウォーの「ラヴデイ氏の短い休暇」は期待したわりにつまらなかった。


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