アブソリュート・エゴ・レビュー

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独逸怪奇小説集成

2005-12-13 23:35:53 | 
『独逸怪奇小説集成』 竹内節編、前川道介訳   ☆☆☆☆

 随分と前に買った本だが、分厚くて重いので持ち歩けず、時々思い出したようにちびちび読んでいたせいで時間がかかってしまった。ドイツ、オーストリアあたりの作家の怪奇小説を集めたアンソロジーである。選りすぐりの逸品が二十八篇も入っているすぐれものだが、その分値段も高い。五千円以上した。

 フランスの作家の幻想系、怪奇小説系のアンソロジーもいくつか持っているが、比較すると傾向が違っていて面白い。フランスの短篇がどっちかというと抽象的で詩的なイメージを志向するのに対し、ドイツの方はぐっと怪談らしいゴシック譚に傾くようだ。まあこのアンソロジーを編んだ人の好みなのかも知れないが、少なくとも本書を読むとそういう印象を受ける。

 手法としてはほとんどがストレートで伝統的な読み物スタイル。人物が出てきて会話があって不気味な事件が起きるというパターンが多い。あまり文体や構成で冒険をするような小説はないので、シュルレアリスム文学を期待するとちょっと肩透かしをくうかも知れない。けれどもそれだけ安心してストーリーに集中でき、怪談話を読む愉しみを満喫できる。不気味な事件というのも基本的に死者のよみがえりとか吸血鬼、魔物や邪悪な何かがテーマになっていて、いかにも昔ながらの怪談である。綺想文学、幻想文学的な要素もあるのだが、そういう意味ではどちらかというと娯楽小説寄りの短篇が多い気がする。

 とはいえ決して薄っぺらなエンタメではなく、どれも格調高いゴシック物語の系譜を感じさせてくれる。最近のホラー・サスペンス小説のように怖くないし、あっと驚くようなアイデアがあるわけでもない、中にはユーモラスな短篇すらあるのだが、まるでセピア色の古い怪奇映画を観ているように、恐怖と非日常の情緒をゆったり楽しむことができる。芸術性のフランスに対し、職人芸のドイツといったところだろうか。

 面白かったのは、なんだか楳図かずお初期の恐怖マンガを思わせるような作品がいくつかあったことだ。『刺絡』『蜘蛛』あたりがそうだが、やはり楳図かずおの恐怖マンガは非常にオーソドックスな怪談話だったのだなと妙に得心がいった。はっきり言って楳図かずおのマンガの方が恐いが。『カリガリ博士』や『吸血鬼ノスフェラトゥ』もドイツだったと思うが、あのあたりにも通じるものがある。

 好きな人には分かると思うが、こういう怪談話、ゴシック譚というものには独特の魅力がある。寒い冬の夜、暖炉の火がはぜる音を聴きながらゆっくり読むのが似合いそうな、そんなアンソロジーである。


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