アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

ダブル/ダブル

2017-03-21 23:57:12 | 
『ダブル/ダブル』 マイケル・リチャードソン編集   ☆☆☆☆★

 分身をテーマにしたアンソロジー。切り口としてなかなか面白いと思うし、実際に面白いアンソロジーになっている。当然ながら幻想文学系の作品が多い。どれも読みごたえがある短篇ばかりだが、特に面白かった短篇について簡単に説明したいと思う。

 ランドルフィ「ゴーゴリの妻」。これは異色作家ランドルフィの名刺代わりと言ってもいい有名な短篇だが、あらためて読むとやはり凄い。ほとんどムチャクチャである。あの文豪ゴーゴリの妻は実はゴムでできた人形だったという短篇で、そのゴム人形とゴーゴリとの関係がしかつめらしく語られる。どう考えてもアホ小説である。ゴム人形といっても人格を持っているようでもあり、単なる人形のようでもある。ゴム人形の最期は結構グロテスクで、さらにその後のエピソードも戦慄させるものがある。しかし、もはや「これは一体何を言わんとしているのか?」などと考えることさえ拒絶するような、ナンセンスなアイデアであり小説である。

 スーザン・ソンタグ「ダミー」。きわめて知的に構成された遊戯的な短篇で、読者を煙に巻き徐々に世界から意味を剥奪していく手並みが実にスマート。ランドルフィが豪速球だとしたら、これは鋭い切れ味のフォークボールといったところだろうか。自分のダミーを作って人生の辛さから逃れようとした男が、思いもよらないダミーの行動に戸惑うことになる。自分が見ていないはずのことを平然と語る語り手など、脱構築的な、意図的にゆるい虚構のストラクチャも心地良い。

 モラヴィア「二重生活」。私の敬愛する作家アルベルト・モラヴィアも収録されていて、これがまた素晴らしい短篇である。ランドルフィやソンタグのシュールレアリスティックなタッチとはまったく異なる、モラヴィアらしい灰色の、リアリスティックなトーンでありながら、徐々に読者は不穏な異次元へと足を踏み込んでいき、最後には驚くべきカフカ的な光景の中のおのれを見出すことになる。シュールレリスティックなオブジェや現象を一切使うことなく、物語のロジックだけで世界の在り方を歪めるテクニックはボルヘス的でもある。個人的には、このアンソロジー中ベストといってもいい作品。

 コルタサル「あっちの方では」。この手の謎めいた迷宮的小説はお手のもののコルタサルからも一篇。「分身」がコルタサル十八番のテーマであることもあって、いかにもコルタサルな短篇であり、いつものスタイルなのだが、やはりうまい。ブエノスアイレスにいる女性とパリにいる女性がお互いの分身であり、最後に入れ替わる。これは「分身」そのものがテーマというより、「分身」という題材を使ってコルタサルならでは薄明的世界を現出してみせた短篇という方が正確だ。

 ビオイ=カサーレス「パウリーナの思い出に」。これはビオイ=カサーレスの同名の短篇集にも、ラテンアメリカ文学アンソロジー『美しい水死人』にも収録されている有名な作品。前にも書いたので繰り返さないが、ボルヘス的な幾何学的幻想、甘酸っぱいノスタルジー、ロマンティシズムなどが渾然一体となった名品である。

 以上五篇が私のイチオシだが、その他バース「陳情書」、ボウルズ「あんたはわたしじゃない」、マコーマック「双子」もよかった。まあ私の好みはさておいても、レベルが高い短篇集であることは間違いないので、非リアリズム系の小説が好きな人なら誰にでもおススメできる。



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