アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

チャイナ蜜柑の秘密

2016-03-06 21:11:24 | 
『チャイナ蜜柑の秘密』 エラリー・クイーン   ☆☆★

 国名シリーズ8作目『チャイナ蜜柑の秘密』を読了。これも『アメリカ銃の秘密』と同じく、中学生の時に最初に読んで以来の再読である。すべてがあべこべになっている殺人現場、という突拍子もない設定のわりに全然面白くなかったという記憶があったが、期待していなかったせいか記憶の中の印象よりは多少面白かった。

 「あべこべ」ということでやたら中国がフィーチャーされ、中国では礼儀作法が逆だとか道路の通行車線が逆だとか文章の書き方が逆だとか、そんな話が色々出てくる。「中国はあべこべの国」みたいな発言もあり、まあ西洋人にとって当時はそんなイメージだったのだろう。しかしいくら中国があべこべの国だからといって現場のものをあべこべにする理由にはならないわけで、熱心に「あべこべ」文化の薀蓄を収集するエラリーの行動がいささか子供だましに見えてしまうのは致し方ない。

 肝心のあべこべの謎解きは、これまたカルチャーギャップにより日本人には大変わかりにくい内容になっている。これってアメリカ人にはピンと来るのだろうか。へえそうなんだ、という以外の感想が浮かばない。それからもう一つ、本書には大変凝った機械的トリックが登場するが、これも泣けてくるほど分かりにくい。そもそも紐を巻きつけてひっぱると傾いてどうのというようなトリックを、文章だけで説明しようというのに無理がある。ただ、角川の新訳バージョンである本書の解説にはイラストによる図解がついているので大変ありがたい。これを見れば大体理解できる。

 という具合に、本書を支える二つのアイデアが両方とも分かりづらいので、本書を読んだ大抵の読者(特に日本の読者)がピンと来ないのはまあ無理もない。では何が昔読んだ時より多少面白かったのかというと、細かいトリックがどうこういうことはさておき、殺人現場である部屋の状況の論理的帰結として犯人がただ一人に絞り込まれる、というロジックの流れが美しい。解説者があとがきで「逆密室」という言葉で触れている点である。

 それからもう一つ、今回読んでハッとしたのは、この犯罪の動機が非常に哀しく、また残酷なものだったということだ。実は犯人は、こんな犯罪を犯す必要はまったくなかったのである。神ならぬ身の人間には他人の心の真実は分からない、そしてそれが分からないばかりにこの悲劇は起きた。なんという皮肉だろうか。本書は全体に軽く明るいムードであるためこの皮肉があまり目立たないけれども、このやり切れない哀しさは後期のライツヴィルものに通じるものがある。そういう意味で、『アメリカ銃の秘密』より本書の方が面白かった。



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