アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

フランス白粉の謎

2010-08-10 21:09:13 | 
『フランス白粉の謎』 エラリー・クイーン   ☆☆☆☆

 国名シリーズニ作目を再読。非常にクイーンらしい作品である。エラリー・クイーンはもともと奇想天外なトリックやあっと驚く意外な犯人、不可能犯罪などの派手の要素で勝負する人ではない。クリスティーの『アクロイド殺人』や『オリエント急行』のように、センセーショナルな議論を巻き起こす例があまりないのもそのためだろう。中には『エジプト十字架』のように猟奇的な殺人、『チャイナ橙』のように奇抜なシチュエーション、『Yの悲劇』のように異様な舞台と犯人を扱ったものもあるが、それらは決してクイーンの本領ではないと思う。クイーンの本領は怪奇幻想や奇想天外ではなく、散文的な細々したディテールを整理整頓し、たった一人の犯人に収斂させる明晰な論理にある。あの有名な「読者への挑戦」はだからこそ成立するのだし、あれこそがもっともクイーンらしい要素だと思う。そういう意味で、この『フランス白粉』は典型的なクイーン・スタイルのミステリということができる。

 フレンチ百貨店のウィンドウの中で係員が収納型の寝台を開けると、中から女の死体が飛び出してくる。クイーン警視とその息子エラリーは現場に乗り込み、調査を開始する。フレンチ家の構成員や関係者が訊問され、麻薬が出てきたりするが、基本的にあっと驚く奇怪な謎が出てくることはない。捜査の過程で出てくるのは死体を移動させた事実、なくなったアパートの鍵、変色しているブックエンド、なくなった剃刀など、いってみればありきたりの細々したことばかりだ。しかしエラリーはそれらを一つ一つ分析し、整理し、可能性を列挙しまた消去し、総合して犯人像を絞り込んでいく。その推理はとても論理的かつ丁寧だ。他のミステリ作家のように、名探偵がひらめきで真相にいたることはない。あっと驚くような発想はないが、逆にだからこそつかみどころがない渾沌とした状況を整理し捌いていくというクイーンの特徴が充分に発揮されている。その丁寧さは『シャム双子』の比ではない。やっぱりクイーンはこうでなくちゃいけない。実際、本書終盤のエラリーの謎解き部分はやたらと長い。また、犯人の名前を最後の一行まで明かさない、というところにまだデビューしたてだったクイーンのこだわりを感じる。

 本書でエラリーが犯人を絞り込んでいくプロセスは、『中途の家』『Zの悲劇』などでも見られる、犯人の条件をいくつか抽出してリストを作成し、関係者にそのリストを適用して一人づつ消去していく、という手法だ。クイーンの得意技である。特に本書においてはその緻密さが群を抜いている。他の作品では時々見られる強引なロジック操作もなく、リーズナブルだ。ただし最後まで厳密な消去法で犯人が特定されるのではなく、あるところまで消去し、最後はある一つの手掛かりで「もっとも自然かつ論理的である人物」として犯人が指名される。この部分だけロジックが甘くなっており、本書の謎解きにおける瑕疵となっている。そこが惜しい。

 また、前述したように事件そのものが地味であるため、最後の謎解きに至るまでの部分に物語としての面白みはあまりない。真相も地味で、動機、殺害方法などにもあっと驚く趣向はない。とにかく推理プロセスの論理性と緻密さ、それだけに依存したミステリである。だから不可能興味など派手な謎がないと物足りないという人向きではない。

 まだデビュー二作目ということもあり、クイーン父子のキャラクター設定にも力がこもっている。特に主役のエラリーについては、「驚くほどの知性がたたえられた額」などという描写もあり、読んでいて微笑ましいというか、ちょっと恥ずかしい。新鋭ミステリ作家だったクイーンの、自らが産み出した名探偵に対する思い入れがうかがえる。


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