goo blog サービス終了のお知らせ 

アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

フィッシュストーリー

2010-08-12 21:43:34 | 映画
『フィッシュストーリー』 中村義洋監督   ☆☆☆★

 『Sweet Rain 死神の精度』に続いて伊坂幸太郎原作の映画をレンタルDVDで鑑賞。これも原作は既読。原作のレビューでも書いたが、「風が吹けば桶屋が儲かる」方式の物語である。要するに売れないパンク・バンドが作った曲、「この曲は誰かに届いているのかなあ」と慨嘆しつつ録音された曲がめぐりめぐって世界を救う、という話。なんせ彗星が地球に衝突する危機、というから壮大だ。色んな時代の異なるエピソードがリンクしていく発想は面白いが、これで「歌が世界を救う」というのはいささかこじつけ気味である。そこはシャレ程度に思っていた方がいい。

 しかし本作がまたしてもつまらなかったかというとそんなことはなく、なかなか楽しめた。『Sweet Rain 死神の精度』よりずっといい。本作のキモは、ストーリー展開がどんどん逸脱していく感覚とネタの詰め込みっぷりだと思う。例えば気弱な大学生のエピソードでは、まずパンクバンドの曲が怪談風に紹介され、濱田岳の大学生が合コンで乱暴な男に小ばかにされ、美少女が彼に「今までの人生で何かに立ち向かったことが一度でもある?」とハッパをかける。普通この展開だと美少女と濱田岳の間に何かありそうなものだが、この映画では美少女は乱暴男に連れ去られてそれきりである。しかし濱田岳はその後別の女を助けることになり、盛り上がったところで場面はまた次のエピソードに切り替わる。また、パンクバンドの曲にまつわる怪談もフェイントである。要するに、普通のストーリーが起承転結と進むとしたら、この映画の場合起承転承転承転承転…とどんどん逸脱しながら続いていくのである。

 ネタの詰め込みっぷりとは、例えばこの大学生のエピソードではパンクバンドの曲にまつわる怪談、いじめっ子といじめられっ子の状況、美少女の「この中の誰かが世界を救う」という予言、さらに「あなたは今日運命の人と出会う」という予言、「人生で一度でも何かに立ち向かったことがあるか」という挑発的なセリフなどが短い時間に次々と盛り込まれる。パンクバンドのエピソードでは「フィッシュストーリー」という本、魚にまつわる歌詞、翻訳ができない翻訳者、「ほら話」という本当の意味、ゴレンジャー、などが矢継ぎ早に呈示される。ひとつひとつは深く掘り下げられないが、非常に盛りだくさんだ。そのスピード感と濃密さでオーディエンスの関心をひきつけて行く。これは『Sweet Rain 死神の精度』にはなかった要素だ。

 それから本作は、伊坂幸太郎の原作が持つあからさまに人工的なファンタジーという性格を強調することで、シャレた雰囲気を出すことに成功している。あからさまというのはつまり積極的なリアリズムの排除、本当らしさの放棄ということで、それは例の「正義の味方」エピソードで良く分かる。「父親に正義の味方として育てられた」ってそんなアホな。しかしそのせいで物語はリアリズムの重力から解放され、軽やかさ、洒脱さを手に入れる。伊坂幸太郎の原作と同じである。

 本作はそういう意味で伊坂幸太郎らしい映画になっていて、伊坂ファンは愉しめることと思う。しかしまたこの作家と同じ欠点、物語に重しとなるものがなくひたすら軽い、という欠点もまた持っている。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。