アブソリュート・エゴ・レビュー

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バニー・レークは行方不明

2016-10-11 21:51:52 | 映画
『バニー・レークは行方不明』 オットー・プレミンジャー監督   ☆☆☆☆☆

 1965年のモノクロ映画をiTunesのレンタルで鑑賞。これは面白い。ミステリであり、サスペンスものであるが、全篇不思議な不条理感と怖さに満ち溢れている。似たような感触の映画を、ちょっと他に思いつかない。

 舞台はロンドン。アメリカから引っ越してきたばかりの母親が子供を学校に預け、買い物をし、新居のアパートで引っ越しの片づけをし、学校に戻ると子供がいない。子供を見た人間すら誰もいない。警察がやってきて、行方不明者の手配がなされる。母親が子供のパスポートを取りにアパートに戻ると、パスポートはじめオモチャやら服やら歯ブラシやら、子供に関係するものがすべてなくなっている。狐につままれたようである。子供の写真も一枚もない。やがて、学校に子供の転校申し込みの記録すらないことが判明する。つまり彼女の子供、バニー・レイクに関する記録はロンドンに一切存在しないことになる。警察は母親に聞く。「イギリスに来て、お子さんを見た人間を誰でもいいから思い出して下さい」しかし、子供を見たと証言できる人間は誰一人いない。

 こうなってくると、ある疑問が避けがたく浮上する。果たして問題の子供は本当に存在するのか? 子供が誘拐されたとして、子供の痕跡をアパートや学校から一切合切消去してしまうなんてことが誘拐犯に可能だろうか? 更に、バニーの母親には子供の頃想像上の友だちがいて、その名前がバニーだったことが分かる。子供の存在はますます怪しくなってくる。

 こうして、もしかしたらこの母親は精神異常なのでは、と観客も考え始める。序盤の学校の場面でも子供は出て来ないので、どちらが本当か観客にも分からないのである。バニー・レイクは果たして存在するのか。ここから先の展開には触れないでおくが、どこか牧歌的な雰囲気さえ漂わせていた序盤からじわじわと不安感が増し、緊張感が高まり、母親の正気が疑われる頃になるともはや得体の知れない恐怖が観客を包み込んでしまう。この真綿で締め上げていくような巧緻な物語の進行は、まったく見事だ。

 事件の展開がミステリアスで不可解なだけでなく、細かい雰囲気作りもうまい。薄気味悪い大家がずかずかアパートに入ってきて、涙にくれている母親にセクハラ気味に絡んできたり、アパートの中に飾られている数々のアフリカの仮面、あるいは学校のペントハウスに住んでいるオーナー老婦人がどこかチェシャ猫を思わせる調子はずれの受け答えをする、などなど。これらが渾然一体となって、何が怖いのかはっきり分からないけれども妙に怖いという独特の雰囲気が醸成されていく。その怖さは、母親がバニーの人形を回収するために夜中の人形修理店を訪れるあたりで頂点に達する。無数の人形が棚の中にずらり並んだ暗い地下室に彼女が降りていく場面で、背筋が凍る思いをしない観客はいないだろう。

 そしてまた、この物語は非常に巧みなミステリでもある。これだけ古い映画であるにもかかわらず、この事件の真相を中盤あたりで予想できる人はほとんどいないだろう。ミスディレクションが凄まじくうまいせいだ。あらゆる登場人物の言動が緻密に計算されていることが分かる。

 母親役はキャロル・リンレイ。人形のような美貌がこの不思議な物語によく似合っている。警察の捜査官はローレンス・オリヴィエ。さすがに風格があり、沈着冷静な捜査官ぶりが実に頼もしい。彼が単純な悪役でも善人役でもないところが、この映画にいい感じの抑制をもたらしている。



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