アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

Seconds Out

2007-11-10 12:59:35 | 音楽
『Seconds Out』 Genesis   ☆☆☆☆☆

 ジェネシスのライブ。ピーター・ガブリエルが抜けてスティーヴ・ハケットは残っている、『静寂の嵐』期のジェネシスである。ヴォーカルはフィル・コリンズ。ガブリエル期の怪奇性、おどろおどろしさはなくなっているが、後のヒットチャート・ポップス化はまだしていないという絶妙な時期だ。ジェネシスの本領は複雑で幻想的な演奏にあると思うがガブリエル期のライブはアクが強すぎる、という人にはお薦めである。実際ジェネシスのライブ盤ではこれを最高傑作に挙げる人が多いし、私もこれが一番いいと思う。次の『Three Sides Live』になるともう半分以上コンパクトで明快な曲になっているが、この『Seconds Out』ではどれもまだプログレの香り漂う曲ばかり。緻密なタペストリーのような音楽をやっていた頃のジェネシスを堪能できる。

 それから『Three Sides Live』や『The Way We Walk』など後期のライブ盤ではもっと硬くてストレートなミックスになっているが、この『Seconds Out』では音が柔らかく広がりがある。特にフィル・コリンズのヴォーカルにそれが顕著で、シャウトするような荒々しさを感じる後期ライブに比べ、本作ではより甘く、透明感と艶がある。私は後期の力強さも好きだが、ここで聴ける柔らかさと優美さもまた素晴らしい。複雑でドラマチックな楽曲とマッチしていて、何度聴いても飽きないのである。

 収録されているのはどの曲もジェネシスの本領発揮といえる複雑でドラマチックで美旋律な曲ばかりだが、何といってもこのライブ盤の白眉は『Cinema Show』である。この曲だけドラムがチェスター・トンプソンでなくビル・ブラッフォードなのだ。もちろん曲も名作だが、いやもう、このブラッフォードのドラミングの素晴らしさったら筆舌に尽くしがたい。チェスター・トンプソンもいいドラマーだが、レベルが違う感じだ。この細かいハイハット打ち、さりげないロールの繊細さはどうだろう。そしてあのブラッフォード独特の、ちょっとずらしたところにアクセントを付けて曲に精彩を加える名人芸が全篇にわたって炸裂している。もともと複雑で凝ったアレンジなのだが、そこにブラッフォードの微妙なトリッキーさが加わることによってすべてがピリリと引き立っている。特に曲の中盤以降、怒涛のインストルメンタルで聴かせるブラッフォードのスティックさばきは神業である。彼のベスト・プレイの一つであることは間違いない。

 それだけではない。例によってインスト・パートに突入するとフィル・コリンズも参加してダブル・ドラムとなる。この『Cinema Show』では歌が終わってもしばらくフィル・コリンズは入らずブラッフォードが一人で叩いている(ブラッフォードの見せ場ということでわざとか?)が、終わり二分をきったところでフィルが参入し、ビル・ブラッフォードとフィル・コリンズのダブル・ドラムの競演となる。なんと、ビル・ブラッフォードとフィル・コリンズが一緒に叩いているのである(しかも叩きまくり)。お分かりでしょうか。つまりブランドXとブラッフォードのドラマーが一緒に叩いているのである。ブランドXとブラッフォードっつったらあんた、最強のリズムセクションを擁する英国二大ジャズ・ロック・バンドである。あり得ない。この二人がドラマーとして同時に存在したこの瞬間のジェネシスはロック史上の奇跡である。

 それにしても、どうしてブラッフォード入りジェネシスの演奏はこれ一曲なのか。私はどうしても納得できない。スコンスコンと軽いブラッフォードより重厚なチェスター・トンプソンの方がジェネシスに合ってるという意見もあって、確かにその後コンパクトでダイレクトな演奏を志向するジェネシスの展開を考えればそうかも知れないが、少なくともこの時点では複雑なプログレ曲をやってるわけだし、大体それまでジェネシスの単独ドラマーだったフィル・コリンズはブラッフォード・タイプのドラマーじゃないか。この『Cinema Show』の素晴らしさを見よ。ブラッフォードが目立ちすぎるのでメンバーが嫌がったという説の方がまだ信じられる。あるいは、ブラッフォード色に楽曲が染まってしまうのが嫌で、よりアクのないチェスター・トンプソンが好まれたのか。

 とにかく、どこかにこのブラッフォード入りジェネシスのフル・コンサート音源は残っていないものだろうか。誰か発掘して出してくれ。

 というわけで私の一押しは『Cinema Show』だが、他にも『Firth Of Fifth』、『The Lamb Lies Down On Broadway』と『The Musical Box』のメドレー、『Dance On A Volcano』と『Los Endos』のメドレーと、次から次へとクライマックスが押し寄せてくる聴き応え満点のライブ盤である。もちろん『The Carpet Crawlers』や『Afterglow』のような叙情的な美曲にもこと欠かない。確実に名盤。


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