アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

橋ものがたり

2006-03-19 17:40:47 | 
『橋ものがたり』 藤沢周平   ☆☆☆

 時代小説というものは普段ほとんど読まない。たまに日本情緒に浸りたくなって読むこともあるが、藤沢周平を読むのは初めてだった。名前は知っていた。

 井上ひさしの解説によれば、この短篇集は市井人情もの/職人人情ものということになるらしい。なるほど、どの短篇も確かにしみじみした人情が描かれている。しかし、そもそも小説に人情とかしみじみとかいうものをあまり求めていない私にとって、この短篇集は微妙だった。

 たとえば最初の『約束』。五年後に橋の上で会おうと約束した少年と少女の話だ。五年後、21歳の幸助は三つ下のお蝶と会うために橋に行く。五年の間に大人になった幸助とお蝶にはそれぞれの葛藤がある。お蝶はいつか体を売るようになっていて、その引け目から一度は行くのを止めようとする。ようやく会えた幸助に一緒になろうと言われたお蝶は、自分の過去を告白し、別れを告げて走り去る。翌日、お蝶の家を幸助が訪ねてきて、ひと晩寝ないで考えた、やっぱり二人はもう離れちゃいけない、と言う。お蝶は号泣する。

 いい話である。しかし、いい話過ぎてなんか物足りない。幼なじみで、ずっと心の支えだった女性が体を売っていると知ったら相当なショックのはずだ。理性で許せても感情が許せなかったりするだろう。こういう話では、そのショックをどうやって克服するかがポイントだと思うのだが、この短篇ではあまりそこに力点は置かれない。要するに、幸助というのは大変立派な見上げた青年なのである。しかしそれではあまり面白くないのは、私の性格が悪いせいだろうか。

 他の短篇でもこういう物足りなさを感じるものが多い。『小ぬか雨』は女を殺した青年をかくまう女が青年に恋する話である。殺したといっても、悪い女にだまされて純情のあまり殺した真面目な青年なのだが、私も一緒に行く、という女を振り切って行ってしまう。年取った母親を一目見たら、自首すると言って。残された女の上に小ぬか雨が降る。
 しみじみする。そのしみじみを味わうのが人情ものというものなのか。だからどうしたという気がしないでもない。驚きや意外性はない。ただ過剰にセンチメンタルではなく、淡々としていて、そこは好感が持てる。

 ハッピーエンドの短篇が多いが、『氷雨降る』だけは暗い結末だ。商売に成功した男が人生と家庭に幻滅を感じ、親切心からわけありの女をかくまう。女はやがて若い男と一緒に逃げることになり、男は自分の中にあったスケベ心というか嫉妬心に気づく。おまけに女をかくまったせいでやくざに殴られるが、彼にはもう寒々とした家庭に戻っていく他に道はない。こういう荒涼とした小説の方に、いささか甘さを感じる他の短篇より凄みを感じるのは、やはり私の性格が悪いせいだろうか。

 というわけで、それぞれの話が短いせいかも知れないが、いささか喰い足りなかった。文章も平易で練れた文章だとは思うが、個人的にはあまり面白みがなかった。


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