アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

ブロディーの報告書

2008-11-29 11:16:11 | 
『ブロディーの報告書』 ホルヘ・ルイス・ボルヘス   ☆☆☆☆

 再読。ボルヘス本の中ではマイナーな短編集らしく、Amazonでは現在古本でしか入手できなくなっている。巻頭でボルヘスが書いているように「直截な作品」を目指した短篇集である本書は確かに『伝奇集』や『不死の人』などと比べると迷宮性が後退し、濃密さに欠けるきらいがあるが、その代わりとても読みやすい。私はこれはこれでかなり好きである。
 
 ボルヘスの短篇には物語風のものとエッセー風なものがあるが、本書ではほぼすべて伝統的な物語の叙述法になっている。またボルヘス自身が書いているように文体は非常に簡潔だ。読みやすいのはそのあたりが原因である。プロットはシンプルなものばかりで、形而上学的ツイストが加わっているものもあれば肩透かしのような終わり方をするものもあるが、絶対に常套的な展開は見られない。さすがボルヘスである。そしてこの簡潔かつ直截な文体と手法のために、本書ではボルヘスが虚構を紡ぎ出す手さばきを他の作品よりじっくり、はっきり味わえるような気がする。だからこれらのきわめてシンプルな筋立ての短篇の数々を読んでいると、私はなんだかとても幸福な気分になってくるのである。

 ボルヘスはもともとそうだが、「以下は誰から聞いた話で」とか、「最近発見された紙片」とかそういう前置きで始まる短篇が多い。しかもそういう説明がいやに細かく、込み入っている。年代とか人名が頻出する。これはつまり物語の枠を設定しているわけだが、こういうボルヘスおなじみの文学的詐術も、本書ではひときわ明確に、飾り気のない形で使われている。そして文体は簡潔ではあるけれども、物語を多義的に錯綜させてしまう語り口はやはり一筋縄ではいかない。

 収録されているのはもともと幻想譚と並んでボルヘスが好むガウチョ話が多いが、表題作である最後の「ブロディーの報告書」だけは「発見された手稿」という設定やヤフー族という異様な集団がモチーフであることなど、従来のボルヘスのイメージに近い。ボルヘスが「もっともできがよい」という「マルコ福音書」や人の体を借りてナイフが対決する「めぐり合い」などもいいが、つかみどころのないプロットの「争い」「別の争い」や文字通り直截な「じゃま者」や「フアン・ムラーニャ」など、シンプルながら魅力ある短篇が数多く収録されている。


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