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芭蕉の俳句(99)

■土曜日、。旧暦、6月6日。

蒸し暑くて早く目が覚めた。



むざんやな甲の下のきりぎりす   (奥の細道)

■今まで、『奥の細道』の地の文を読まずに、句だけ読んでいたので、この句は、甲の下できりぎりす(蟋蟀)が鳴いているありさまを「むざんやな」と詠んだと思っていた。猿蓑に、この句が詠まれたきっかけを伝える次のような前書きがある。「加賀の小松と云ふ処、多田の神社の宝物として、実盛が菊唐草のかぶと、同じく錦のきれ有り。遠き事ながらまもあたりに憐れにおぼえて」

この実盛は、始め源氏方に仕え、頼朝挙兵時には、平家に仕えていた。旧知の人々と戦わざるを得なかった老いた実盛を偲んで、この句は詠まれている。きりぎりすは、実盛の化身とも読めるし、時の流れを表しているとも読める。

楸邨によれば、「むざんやな」は謡曲実盛の「樋口参りてたゞ一目見て、あなむざんやな、斉藤別当実盛にて候ひけるぞや」から取ったらしい。芭蕉は実際に多田神社の宝物の甲を見て詠んでいるのだが、芭蕉にとって歴史とは、目の前にある物証としての甲であるだけでなく物語や謡曲や和歌でもあったのだろう。
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