verse, prose, and translation
Delfini Workshop
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詩的断章「冬の豚」
2015-12-24 / 詩
冬の豚
いったい「わたし」などという
もっともらしい一人称
いつから使うようになったのか
判然としないのだが
まったく割れ目も 裂け目もない
ピカピカの存在みたいじゃないか
ありえない ありえない
そんな存在 ありえない
豚に追われたのは
たしかに「俺」の方だった
真っ青な冬の空
しゅうちゃんちの豚小屋の扉が
見事に壊れた 冬嵐
豚は
風のように 速く
火のように 怒る
その身を潜ませる
藪に 原っぱに 電柱に 小道に
あちこちの 物影から
豚が突進してくる 火のように 風のように
逃げきることはできない
冬天は一点の曇りもなく
豚を隠している
いないのにいる豚が心底怖かった
怒りに充血した眼は
いまもはっきり
思い出すことができる
その顔を見てはいないが
まざまざと
思い出すことができるのである
やがて 歩き疲れて
つま先が冷えてきて
脛が痛くなってきた頃
大人たちも しゅうちゃんも
あきちゃんも 豚小屋へ帰ってきた
からっぽの豚小屋は
冬の日差しの中で
大いに匂った
あの豚 どうしたろう
しゅうちゃんも あきちゃんも
大人たちも みんな
いなくなってしまった
みんな どこへ行ったんだろう
冬天は一点の曇りもなく
豚を隠している
初出「浜風文庫」
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