goo
不適切な表現に該当する恐れがある内容を一部非表示にしています

川端康成『名人』







川端康成の『名人』を読んだ。本因坊秀哉名人の引退碁の半年にわたる実際の戦いを描いたものだが、囲碁を知らなくても、そうとうに引き込まれる。盤上の戦いが、いかに凄まじいものか、ほとんど、棋士はいのちがけで戦っている。この小説は1938年に執筆が開始されている。この年は、大陸へ大規模な動員が行われ、すでに侵略が本格化している。大陸の各地で、殺戮が行われていた年である。その気配は、この小説からはほとんど伺われない。そのことで、この小説の価値が下がるとは思えないが、戦後に完成されたこの小説の、「歴史性」は、希薄と言わざるを得ない。

よく知られているように、川端康成は、幼少から肉親の死に多く遭遇した結果、川端の小説にはどこか死の影がつきまとっている。この『名人』も、その例にもれない。不敗の名人と言われた秀哉名人が引退碁に敗北して、その戦いの最中から悪化していた心臓病が元で、死去するのだが、その二日前に川端は名人に熱海で会っている。帰りを、寂しがって引き留める名人をふり切って川端は帰るのだが、それからほどなく名人は死去する。このときのことを妻になじられて、川端が返すことばが、「止せよ、もう……。いやだ、いやだ。もう人に死なれるのはいやだ。」

これは多くの死に遭ってきた川端の本心だったろう。だが、注意しなくてはならない。この「人」には、大陸で日本軍の犠牲になった人は含まれていないのである。われわれは、されたことはよく覚えている。された者同士の想像力もよく働く。だが、いったい、なにをしてしまったのか、それを想像する力は、このノーベル賞作家をしても、難しいのである。解説の碩学、山本健吉をしても、この問題に触れることはできなかった。この名作を前にして、思うのは、作品を読む、ということは、テクスト内在的批評とテクスト外在的批評という二重のまなざしが常に求められる、ということだろう。そして、この二重のまなざしに耐えられる作品とはどういうものなのか。そこにこそ、本来の意味での「歴史性」が宿るのだろうと思うのである。

名人 (新潮文庫)
クリエーター情報なし
新潮社






コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

博士の愛した数式




■美しき銀の数式夜の秋

もう9年も前になるが、映画「博士の愛した数式」を観た(その感想はブログに書きました。および)。クォカードをもらったので、なにか、本でも買おうと思って、文庫の「博士の愛した数式」を買って、読んでみた。なかなか、いいですね。読みやすいのですぐ読めた。博士は数論の専門家らしく、さまざまな数字が出てくる。素数や友愛数や完全数などといった興味深い数字がいくつも出てくるが、数字の難しさは、数字が、意味をもった言葉であり、同時に、数量であり、さらに、順序でもあるという三重の存在だから、混乱するところにあるように思った。0をめぐる話も当然出てきますが、存在しないことを存在化させた、という意味で、0は確かに画期的だが、不自然でもあると思いますね。自然数(natural number)が0を含まないのは、ミスドーで「ドーナツ0個ください」という注文が意味をなさないことでわかる。数字は、人類の歴史の最初期の段階で、存在から離れたものの一つだと思うが、その結果、存在同士を、数量的に抽象化して、比較・競争・操作する条件を作った。それが近代社会の前提を形成している。存在から離れるというのは、数論に限らず、数学の特徴の一つと思うが、その方向で発展したものが、あるとき、また存在へと帰ってくる。たとえば、リーマン幾何学は、アインシュタインの宇宙論で使用されている。いずれにしても、数学的センスや才能というものは確かにあって、それはいったい何のか、ということに非常に興味を惹かれる。

この原作で、一点、不自然かもしれない、と感じたのは、博士の子どもへの無償の愛である。どの子どもにも、庇護者としてふるまい、守ろうと奮闘する。とくに、関わりの深い家政婦の息子、ルートには、終生、愛情を注ぐ。どこに不自然さを感じるかというと、博士ではなく、ルートの方にである。そうした博士の無償の愛に、反発したり鬱陶しがったり、拒絶したり、というじぐざぐなプロセスがほとんどなく、博士の心配や愛情をすんなり受け入れて、それがあまりにも平板に見えるからだ。こういうことが起きるのは、博士が子どもの目線から見て(大人の価値観ではなく)、真に尊敬に値する人物であり、愛情の対象でもあるときに、限られる。しかも、それには、時間がかかる。理解が伴うからだ。この辺りが、なにかのエピソードとともに描かれていたら、さらに良かったかもしれない。

数学者という人種は、とても不思議だ。現実に生きているのだが、煙のようにそこにはいない。彼らから見れば、現実の方が煙のように頼りないものなのかもしれない。



博士の愛した数式 (新潮文庫)
クリエーター情報なし
新潮社
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

『マルクス 最後の旅』




ハンス・ユルゲン・クリスマンスキー著(猪股和夫訳)『マルクス、最後の旅』(太田出版 2016年6月)読了。面白かった。いくつか、面白かった点をあげると。

1)もともとが、映像化のための字コンテなので、非常に視覚的で、読みやすい。逆に言うと、ドイツ語本来の深遠さが出ていない。これは物足りなさとも言える。ただ、マルクスの家族とのやりとりや人間関係が、平易に、また、興味深く描かれている。

2)この本の最大の功績は、最晩年のマルクスの関心の所在を明らかにしたことだと思う。それは証券取引所の役割について、であり、投機やカジノ資本主義についてだった。最後の旅で、モンテカルロに立ち寄り、自らも賭博を行い、資本主義の本質がカジノの賭博と変わらない点を見破り、『資本論』フランス語版の前書きでは、この点に触れている(確認の必要を感じる)。最後の旅、アルジェ・モンテカルロ・スイス・ロンドンと移動しながら、資本主義の現在に、絶えず精力的に注意を払っていたのには驚く。マルクスに「隠居」という概念はない。

3)その解明の方法は、数学モデルで行う予定だったらしいこと。晩年のマルクスは、研究領域を数学や自然科学に広げ、その知見を幅広く吸収していた。英国ロイヤルソサイエティの動物学者や化学者などの友人もいた。この意味で、マルクスは、啓蒙思想の系譜に連なると言っていいだろう。

4)秘密にされていた晩年のマルクスのメモ書きが、いまようやく明るみに出つつあり、世界の社会主義運動に影響を与えつつあること。このメモ―バイダーで綴じられたノートがとくに重要―の中には、証券取引所にまつわる数式や投資の指示が詰まっていること。これまで、最晩年のメモが秘密だったのは、資本主義と戦った聖マルクスのままにしておくためだったろう。投資の指示が入っているのはまずかったのだろう。

5)これに関連して、家政婦のヘレーネとの間に、不倫の息子、フレデリックをもうけたこと。これは、これまでも知られていたが、あまり、取り上げられることはなかった。マルクスの人間臭い一面とも言えるし、故国を追われた亡命生活のストレスや、奥さんのイェニィが長期の癌の闘病中だったことを考えると、よく耐えたとも思える。フレデリックは、自分がマルクスの実子であることを生涯知らなかった。エンゲルスが認知してめんどうを見たらしいが、この点も、興味深い。

6)『資本論』フランス語版の翻訳者、ジョゼフ・ロアについて、まったく知らなかった。どういう人だろう。大変な仕事だったはずである。

7)マルクスに空想的社会主義者と批判されたシャルル・フーリエをエンゲルスは、買っていた。空想的、というのは学問体系をなしていないということだろうか、社会的存在の根底に労働活動と社会関係を見ていないということだろうか。いずれにしても、空想には、斬新な着想の萌芽や構想があることが多い。フーリエについても、検討の必要を感じた。

8)バクーニンは、第一インターでマルクスの主張したプロレタリアート独裁に反対してマルクスと対立するが、日本のアナキスト詩人たちにも、影響を与えてきた。

9)全篇を通じて感銘深いのは、エンゲルスの忠誠心と共同性、マルクスとは質の違う能力の高さである。エンゲルスがいなければ、資本論2巻、3巻は、世に出なかったし、そもそも、資本論という書物さえ、存在しなかったかもしれない。

10)マルクスの仕事は、資本主義解明の起源にあたる仕事であるから、最晩年の関心のありようが、とても気になった。




マルクス最後の旅
クリエーター情報なし
太田出版






コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

長谷川櫂著『新しい一茶』




■長谷川櫂先生の新著『新しい一茶』を読んだ。先生には、いつも驚かされる。今回も、この本には、驚いた。小著とご自分では言われているが、これを論じるのは、並大抵ではない。扱っている問題が大きいからである。この本は、一茶の再評価を表のモチーフとするなら、通奏低音のように、現代俳句を書くために、というモチーフがもうひとつ裏側に貫かれている。その意味で、この本は、芭蕉・蕪村・一茶の系譜の組み換えと近代俳句の見直しという文学史上の問題意識とともに、実践的な意図が隠されている。一茶を現代俳人の源流と見なし、一茶からいま何を学べるのか、そう問いかけているのである。

考えてみると、芭蕉の蕉風開眼を論じた『古池に蛙は飛び込んだか』にしても、世界的に有名な古池の句の新しい解釈を通じて、芭蕉の心の世界の広がりと、それを呼び起こす外部世界との二重構造を、一句の構造として、実践的に示したものだった。少なくとも、わたしは、そう受け止めた。

一茶を現代俳句の源流ではなく、現代俳人の源流と言ったのはわけがある。句だけを問題にしているのではなく、一茶という人間存在のありようの「新しさ」をこの本では問題にしているからである。近代という概念は、modernの翻訳語である。modernは、いまに近い時代というrecent ageという意味での近代ではなく、もともとは、「新しい時代」を意味していた。その内実は、model(範型・モデル)が大量にmode(流行)する社会のありかたを指すと言っていい。その始まりを家斉の治世と、先生は捉えている。わたしは、この時代の知識があまりないので、なんとも判断はできない。近代をどうとらえるか。これは、非常に大きな問題であるが、従来の時代区分を批判する形で、新しく近代の起源を措定したのは、ひとつの勇敢な試みだろう。

modernは言うまでもなく、欧州社会をモデルにして概念化されたものである。イマヌエル・ウォーラーシュタイン(1930-)の「世界システム論」以降、近代世界は16世紀の欧州に始まり世界化した、という理解が一般的になりつつある。そもそもmodernとはなにか。われわれにとってmodernとは何だったのか、われわれのmodernとはなんだったのか。こういった一連の問題が、問われてくるだろう。

一茶を再評価したのは、実は、先生がはじめて、というわけではない。戦前の荻原井泉水からはじまって、楸邨、兜太と、新興俳句系の流れの中で、一茶の評価・研究の蓄積がある。この俳人たちも、おなじように、一茶の現代性に気がついていたのだろうと思われる。そして、それぞれに、自分の俳句という形で、一茶に学んだ結果を出した。この系譜の評価・再検討が、必要になってくるのではないだろうか。

この問題は、次の大きな問題へとつながっている。われわれは、いまも近代社会に生きていると、漠然と前提しまいがちだが、実は、現存社会はすでに、質的に近代とは大きく異なっている。高度に情報化され、高度に消費社会化された、使用価値よりも交換価値が格段に優位した社会に生きている。この断絶は、ベトナム戦争や公民権運動など、一連の世界的な事件が起きた68年のパリ五月革命前後と見なされている。つまり、現代社会はポストモダンに移行しているのである。この点を踏まえると、源流の一茶に学ぶと同時に、一茶に学んだ人々の成果を、再検討してみる余地があると思えるのである。

『新しい一茶』では、歴史性を踏まえた、さえわたった鑑賞の数々を読むことができる。鑑賞にこれだけ、歴史を導入した例は、ほかに知らない。数々の卓見を含み、考えさせられる刺激的な好著である。





松尾芭蕉 おくのほそ道/与謝蕪村/小林一茶/とくとく歌仙 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集 12)
クリエーター情報なし
河出書房新社



















コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「ウェブ猫」更新







■「ウェブ猫」を更新しました。「漱石と虚子」。ここから>>>





コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「ウェブ猫」の更新:猫と言葉







■ウェブ猫を更新しました。「猫と言葉」ここから>>>





コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

ウェブ猫の更新




■ウェブ猫を更新しました。「漱石の猫(1)」。ここから>>>





コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

ウェブ猫




■「ウェブ猫」という猫に特化したサイトを作りました。軽く読めるものにして、猫の本や猫の話題を中心にアップしてゆきます。4月くらいから本格稼働をめざします。猫にご興味のある方の訪問をお待ちします。ここから>>>





コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

『翔んで埼玉』




■1月29日、月曜日、春雨。

昨夜、間違って、金属・ガラス・乾電池のゴミを出してしまい、きょうは、紙包装紙の日だと気がついて、あわてて回収する。午前中、Uクリニックへ行く。柏の慈恵医大から、ここへ替わったのだが、近所なので便利。思えば、この病気との付き合いも、四半世紀になる。



ウェブで知ったのだったか、なにで知ったのか、忘れたが、『パタリロ』で懐かしい魔夜峰央の『翔んで埼玉』を読んだ。もともと、1982年から84年にかけて雑誌に連載されたコミックを、2015年にまとめて出版したところ、ウェブを中心に非常に人気が出た、というものらしい。つい最近も、高崎線の車内で、30歳くらいのお兄ちゃんが熱心に読みふけっていた。

82年から84年というと、ラジオで、埼玉叩きがネクラ叩きと一体になって、タモリを中心に行われていた時期に当たると思う。ダサイタマといった流行語やさいたまんぞうの逃亡事件などが思い出される。予備校の国語教師までが、メディアの尻馬に乗ってネクラ叩きをやっていた時期でもある。考えてみると、「東京人」などというものも、その大半は3、4世代も遡れば、地方出身であり、埼玉などの田舎を叩く人々は、「近代」という大きなイデオロギーに洗脳(操作)されているのだが。

このコミックの内容は、「埼玉ディス(叩き)」マンガと帯にあるとおりだが、いま読むと、埼玉いじめ、という文脈はもう消えて、ある種のユーモアのようなものを感じながら読むことができる。

魔夜峰央が、このコミックを発想したのは、新潟県出身の魔夜が、仕事場を所沢へ移したことがきっかけになっているらしい。その発想の源は、当時のダサイタマ状況が背景になっているのは間違いないだろう。だが、いまや、その当時の状況を知らずに、読む読者が大半かもしれない。むしろ、一般に「差別」というものが、どういうふうに起きてくるのか、その差別の根拠がいかに、お笑いになるほどのものであるかなど、差別の原理的な問題が浮かび上がってくる。

このコミック、いま読むと、現在も存在する在日朝鮮人差別や沖縄差別、アイヌ差別、差別、精神障害者差別、おそらく今後現れるフクシマ差別など、一般に「差別の問題」が、「近代の社会体制」と深く関わっていることを示唆していて興味深いものがある。



このマンガがすごい! comics 翔んで埼玉 (Konomanga ga Sugoi!COMICS)
クリエーター情報なし
宝島社






コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

書評『ポストモダン状況論』石塚省二著(礫川発行 柘植書房新社発売 2014)







『ポストモダン状況論―現代社会(2008.9.15 リーマンショック・2011.3.11 福島以降)の基礎理論』 石塚省二著(礫川発行 柘植書房新社発売 2014)



本書は、『近代の原ロゴス批判』全12巻として構想された作品群の7冊目、最新刊にあたる。著者は、惜しくも、この5月に急逝された。享年64。本書では、著者積年の問題意識、「権力・領土・所有の起源」を、マルクスとルカーチに依拠し、理論的に解き明かしている。権力・領土・所有といった近代の概念の無根拠性、言いかえれば、その非原理性を、説得的に展開しているのである。この点が、まず、注目されなければならない。本書は、大きな哲学的問題意識の文脈で言えば、シリーズ名の『近代の原ロゴス批判』に見られるように、問題意識は、ルカーチやハイデッガー、デリダ、ドゥルーズ、フーコーなどと同一の方向性を持っている。近代社会をその根底にある原理(一言でいえば、キリスト教の唯一神)まで遡って批判しようという試みである。多くの場合、日本の哲学者と言われる人々が、「客体化され事物化された精神的能力の販売者である専門的な『大家』」(G・ルカーチ『歴史と階級意識』)となり、「社会的出来事に対してはただ傍観者となる」(『同書』)のに対して、著者はまったく好対照の仕事をしてきた。ルカーチの研究を中心にしつつ、近代社会が合理性を掲げて、周辺に逐いやってきた「感情」を、倫理・道徳の根拠とする「感情の普遍化テーゼ」や「社会的距離化テーゼ」などの理論的展開を、まさに、時代の社会的出来事と格闘しながら、深めてきたのである。その意味で、著者の哲学は、常に実践哲学であったし、実践社会学であった。本書でも、福島原発事故、リーマンショック、68年パリ五月革命、現存社会主義の崩壊といった「近代の終焉」を告げる社会的出来事を深く思索している。その理論的な枠組みは、本書のタイトルにもなっている「ポストモダン状況論」と言われるものである。これは、「モダン状況」(近代への求心力が働いている状況)と「ポストモダン状況」(近代からの遠心力が働いている状況)の二つの状況を射程に収めながら、「高度情報化」と「高度消費化」がもたらした「日常的ポストモダン状況」、世界的学生反乱が引き金になった「知的ポストモダン状況」、現存社会主義の崩壊によって起きた「国際関係的ポストモダン状況」を具体的に展開するものである。さらに、「モダン状況」にも「ポストモダン状況」にも定位せず、両状況として対象化した世界を「近代の終焉」として捉え直し、そこから、哲学的に3つのカテゴリー「欲望」「他者」「自然」を取りだし、学的に展開するものなのである。

もうひとつの本書の隠れた問題意識―しかし、本質的と言っていい―は、「マスチン」批判である。「マスチン」とは何か。ずばり、マスコミのチンドン屋(略して「マスチン」)をやっている学者・評論家のみなさんのことである。言ってみれば、ルカーチの言う「操作」に嬉々として加担している人々を指している。これを著者は、金権主義、権威主義と批判し、そもそも、欲望産業の代理人が「学者」を騙る状況が、自分にポストモダン状況論を考えさせたのだと語っている。

日・英・仏・独など、10カ国語を話し、確認されただけでも、日・英・仏・独・ポーランド語・ロシア語で論文を書き、第一線の国際的な社会学者・哲学者と共同研究をしてきた、才能あふれる著者の知名度が、国内でそう高くないのは、「嫉妬」のなせるわざではないとは言い切れないだろう。

本書評は、先生亡きあとも24周年の実施が決まった『ルカーチの存在論』公開講座に、受講生として参加して8年、東京情報大学の公開講座に講師として毎年呼んでいただいて6年、そこで、まったく自由にしゃべらせていただいた先生への追悼文でもある。最後に、追悼句一句をもって、ご冥福を祈りたい。

天開いて音の消えゐる白雨かな

尾内達也(詩人)


「図書新聞」8月9日発売号(図書新聞第3171号(8月16日付))



ポストモダン状況論
クリエーター情報なし
柘植書房新社



















コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 前ページ