verse, prose, and translation
Delfini Workshop
fruits du silence (1)
2016-06-06 / 俳句
le cerisier en fleurs
embransse le poteau électrique
épousailles branchées
Kirschbaum in Blüte
umarmt den Strompfosten
geladene Vermählung
fruits du silence de Anne-Marie Käppeli
櫻が
電柱にキスしている
電気のご婚礼
※ ここで、面白いのは、épousailles branchéesという表現。epousaillesは婚礼。これは古いフランス語で、今では、茶化したり冷やかしたりして言うときに使う言葉。もともと、この言葉は複数形で使うらしい。櫻の花が風か何かで電柱に触れたのだろう。それを婚礼のキスに見立てている。ドイツ語の婚礼、Vermählung には冷やかした調子はない。branchéesは、「電源につないである」を意味する。動詞brancherと同じ系統の言葉で、この動詞は「つなぐ、接続する」を意味している。ドイツ語ではladenを使い、「荷物を積む」という原義から「充電する、荷電する」という意味で使用している。その点でやや重い感じになる。フランス語の形容詞、branchéesには、もう一つ、裏の意味もあって、それは「イケてる、流行りの」というニュアンスの響きである。ringard「ダサい」の反対の意味になる。全体として観ると、この俳句は、笑いをめざしていると感じる。そして、フランス語の方が豊かなニュアンスで作られている印象を受ける。
※ ことしの2月に、スイスの詩人、ロミーから、3.11の5周年ということで、フランス語、ドイツ語、中国語の三か国語で書かれた句集『静果』が送られてきた。この本は、俳人のアン=マリー・ケペリと中国文化に造詣の深い図書館司書のフレデリック・ドゥロネ(中国語への翻訳)、そして40年のキャリアを持ち、国内外で活躍するフリーの木版画家・デザイナー・画家のゲルハルト・S・シュールヒの共同制作になっている。
※ この句集で、フランス語とドイツ語の俳句を書いているアン=マリー・ケペリは、1948年、スイスのトゥーン生まれ(ドイツ語圏)。元歴史学者でフランスのピレネー・オリエンタル県に近いジュネーブ郊外に住んでいる。なので、生活語はフランス語だろうと思う。長年、太極拳(気功)を実践し書道をやり俳句を書いている。
※ 中国語の翻訳バージョンは、中国語をサポートしていないため、省略した。
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連作「夏草」
2015-10-30 / 俳句
夏草
夏草や夢の跡には夢ひとつ
夏草をめぐるいのちの月日かな
夏草に一本天をめざすあり
思ひ出を生くる儚さ白日傘
原爆忌終つてはじまる戦あり
夏の月深閑としてデモの空
夏の月宿らば宰に悲のこころ
草の木の海の光の原爆忌
大統領もとをただせば裸の子
手花火や闇懐かしき聲満ちて
かなかなや死者は戦を許すまじ
八月や空き地にのこる空ひとつ
墓参けんちゃん少尉二十歳
八月の終ることなく七十年
そこのひと南瓜を煮るもまつりごと
あつてなき生死の境踊の輪
白日傘ほのと微笑を浮かべをり
端居して風のやうなるひとの聲
動く葉は天の果てなり大夏木
風鈴やひたと旅する星の音
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清水昶の一句
2013-11-06 / 俳句
六道に死して桃源の鬼となる
遺稿句集『俳句航海日誌』は、詩人、清水昶の集大成である。これが通常の句集と異なっているのは、詩から俳句へ転位するための実験プロセスが、丸ごと収められているからだ。その転位は、六十八年パリ五月革命や全共闘運動などの「政治の季節」の後の社会体制の質的な変化に対応している。その変化とは、大きな政治権力から微細な日常権力への変化である。「現代詩はダメだ!」が口癖だった清水さんは、現代詩がこの変化に対応しきれていないことに気づいていた。日常生活に現代詩とは違った形で肉薄できる俳句に、新たな詩的可能性を見ていたのである。
掲句を読んだとき、言葉を失った。これは意志であり、辞世である。輪廻転生しても鬼となる、と宣言している。ここには、清水さんの生き方が集約されている。鬼とは、否を生きるということである。そこが桃源郷であっても否を貫くというのである。清水さんを知った人は、その可笑しみのある憎めない人柄に魅了される。その否はいつも笑いとともにあった。歩行困難となった最晩年の「杖を曳き無念無想の小春かな」やアル中の自画像「昼酒を酌み厳粛に蝿叩」、老獪な政治家の独語「一匹の蚊は政敵より憎きかな」など、大きな笑いの世界も実験の輝かしい成果である。
尾内冬月
初出<俳句雑誌『百鳥』2013年11月号>
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