ふくろう日記・別室

日々の備忘録です。

映画『新地町の漁師たち』

2017-03-20 16:21:38 | Movie
映画『新地町の漁師たち』予告編(劇場版)



ドキュメント映画・新地町の漁師たち

監督・制作 山田徹

2011年3月11日午後2時46分に発生した東北地方太平洋沖地震とそれに伴って発生した津波と、その後の余震によって大規模地震災害となった。この震災によって福島第一原子力発電所事故が起こった。これによって福島の漁師たちの生活は一変する。
 
このドキュメント映画の舞台は、3.11後の福島県新地町の漁村である。
再生不可能とまで言われた福島の海。その海を生きる漁師たちの姿を追っている。

漁村の伝統祭事を映しながら、映画は「地下水バイパス計画」(汚染水対策)を巡る交渉シーンへと向かう。廃炉行程を一刻も早く進めるために、漁業者から計画容認を得たい国と東京電力……。

津波と原子力災害によって生じた様々な軋轢や葛藤の中で生きる福島県漁業者たちの交渉の記録である。観終わってからも、言葉がない。
生活の保障があっても、彼等漁師の海と生き生きとした魚たちとの会話はいつ戻るのか?

新地町は父の生れ故郷。病気の末期になって「どうしても帰りたい。」と思う故郷であった。
この映画の舞台となった「釣師浜漁港」に隣接する「釣師浜海水浴場」は子供時代に父と遊んだ海だった。
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映画『モアナと伝説の海』

2017-03-16 00:45:47 | Movie
映画『モアナと伝説の海』日本版予告編



音楽もさることながら、絵がうつくしい。

モアナの健康な肌が、アニメーションとは思えぬリアルさと共に美しい。
アニメーション映画もここまできたのか、と驚きました。
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戦争中の暮しの記録・保存版  暮しの手帖編

2017-03-11 21:47:07 | Book




昭和48年8月10日発行 第5刷  850円
発行者 大橋鎮子
発行所 暮しの手帖社

これは、昭和43年8月、「暮しの手帖・96号」の全ページをあてて、読者の戦争体験を募集して、特集号としたもので、いつもなら80万部の購読者であるが、この号はさらに10万部を追加するほどの売れ行きだったそうです。それを「保存版」として5年後に改めて、一冊の本にしたものです。さらに申し上げれば、亡き我が母の本棚にあったものを形見として、私が今日まで大事に持っていたものです。今後もさらに。

何の特集かと言えば、読者より募った、あらゆる角度からの「暮しのなかでの戦争体験」を特集したものです。学者や作家が書いたものではありません。文章を稚拙と言うではない。これらの手記を書かれた方々のすべてに言えることは、伝えることへの真剣さに加えて、読む方々への誠実さと真面目さに心を打たれます。

空襲、子供の疎開生活、悲惨な食糧と日用品の事情、家を失った家族たち、家族を失った人々、酷悪な交通事情、まだまだ書ききれないほどの声が聞こえてきます。たくさんの市井の人々が命を落とし、あるいは命の危険にさらされ、こんな事が二度と起きてはならないと言う声が輪唱のように聞こえてきます。戦争がどれほど愚かなことかを、一冊全体から聞こえてきます。

あの戦争を国家とか軍部とかによる歴史の一部と捉えるのではなく、それらに翻弄され、命も幸福も自ら守れなかった人々こそが、歴史なのではないか?

この特集を企画した「暮しの手帖社」と、それに応えて投稿された方々に、改めてお礼を申し上げます。戦後20数年後とは、人々がやっと戦後を乗り越え、生き抜いてこられて、戦争体験を言葉にできる時でもあったのでしょう。セピア色になってしまったこの本を、今後も大事に致します。
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セカンドハンドの時代 「赤い国を生きた人々」

2017-02-24 13:42:35 | Book



著者:スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ
訳者:松本妙子

この本は、1991年ソヴィエト連邦(社会主義)の解体から、ロシア連邦(資本主義)へと移行した時代を生きた人々(決して特別な人々ではなく、市井の人々)の声を取材した一冊である。なんと606ページ。スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの熱意と永い歳月を要した困難な取材に、気の遠くなるような思いに迫られました。そして、多くの人々が国の激しい変動に翻弄されたことが、よくわかります。

「セカンドハンド」とは「思想も言葉もすべてが他人のおさがり、だれかのお古のような」そうした状況を言っているようだ。お仕着せの時代をさしているのだろうか。

歴史とは恐らく権力者と国家の動きを捉えているだけで、それに翻弄された市井の人々の真実の声は、なかなか聴こえてはきませんが、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの言葉に尽くせないほどの膨大な取材によって、私はそれを聴くことができました。それは単なる取材ではなく、語り手にすべてをゆだねて、質問はしない。そして語られた言葉たちは、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチによって、文学の域まで到達したと思う。

弾圧と犠牲のうえに、強大な軍事国家を築いたとしても、口を封じられた市井の人々が語りださなければ、真の歴史は見えてこないと著者は教えて下さいました。

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの著書は……

 「戦争は女の顔をしていない」
 「ボタン穴から観た戦争――白ロシアの子供たちの証言」
 「アフガン帰還兵の証言――封印された真実」
 「チェルノブイリの祈り――未来の物語」

以上4作と、「セカンドハンドの時代」を加えて、「ユートピアの声」シリーズとなっています。これらの困難極める仕事によって、2015年、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチはノーベル文学賞を受賞されています。お国では、大きなニュースにはしていないようですが……。

以下、引用。 映画監督 イリーナ・ワシーリエヴナの話。
『ルーシ(ロシアの古名)では、太古の昔から懲役囚が愛されてきました。(中略)酔っぱらった男が、わたしたちのヒロインがどこに住んでいるのか教えてくれた。百姓家から彼女が出てきた。わたしはすぐに気に入った。青い青い目。均整のとれた豊かな身体つき。美人と言っていい。ロシア美人です。このような女性は、貧しい百姓小屋でもモスクワの豪華な部屋でも輝くのです。彼女は殺人犯の妻で、わたしたちはまだ彼に会ったことがありませんが、終身刑を課せられ、結核をわずらっている。彼女は、わたしたちがここにやってきた目的を聞くと、「わたしの連続ドラマね」とわらった。わたしは歩きながら、彼女を撮ることをどう切りだそうかと考えていたのです。カメラをこわがったらどうしようかと。彼女はいうのです。「わたしっておバカで、会う人ごとに自分の話をしちゃうんです。泣く人もいるし、ののしる人もいるわ。よろしかったら、あなたにもお話します。」話してくれる。』

心に残った……。

(2016年9月29日 第一刷 岩波書店刊)
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春疾風・俳句

2017-02-21 00:18:45 | Haiku


 
   春疾風ビルの谷間の擦過傷  Aki
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『この世界の片隅に』

2017-02-16 00:26:36 | Movie
映画『この世界の片隅に』予告編



この世界の片隅に・オフィシャルサイト


脚本・片渕須直監督
原作・こうの史代


主人公の「北條すず(旧姓:浦野)」の声を担当したのは、久々に聴く女優「のん」でした。
とても「すず」の声に相応しい。歌を担当した「コトリンゴ」さんと見事に調和していました。

時代は「第二次世界大戦」末期。舞台となったのは「広島」とすずの嫁ぎ先の「呉」です。
呉は日本海軍の一大拠点で、軍港の街として栄え、世界最大の戦艦と謳われた「大和」も呉を母港としていた。広島はご存知の通りの被爆地です。

すずさんの生きた時代(年表)

戦争の悲惨さと、それに運命を翻弄された人々は、数え切れないほどにいらっしゃる。それでも戦後70余年経ても、戦争の危機感を抱かない人々が多いのは何故か?そういう意味においても、この映画の永い影響力を期待したい。

あの戦争に、市井の人たちの命と暮らしがどのようなものであったのか?
主人公の「のん」は空からの爆撃で右腕の半分を失い、その時一緒にいた幼い姪の命を守れなかった。そして広島の実家の家族はすべて死んだ。あまりにも理不尽。
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2月11日の満月

2017-02-12 00:01:18 | Stroll
風もなく、静かで穏やかな夜でした。満月です。








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立春・半月(続き)

2017-02-05 00:04:20 | Stroll
立春の半月を何故「上弦の月」と言うのか、気になって4日午後10時頃にもう一度お月さまを撮影しました。
真夜中には早すぎましたが、確かに月の弦は上を向いていました。
これで納得しました。お休みなさいませ。



 「追記」
遅い時間帯にお月さまを撮影すると、我がデジカメではこれが限界です。あしかあらず。
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立春・半月

2017-02-04 21:48:16 | Stroll
上弦の月

新月から満月に至る間の月だという。日没時に南中して、月の右半分が輝きます。
真夜中に弦を上にして、月の入りとなるそうですが、真夜中の撮影はいたしかねます。
この月は日没時に撮影したものです。











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遠藤周作「沈黙について」講演者:遠藤周作

2017-02-03 00:17:24 | Book
遠藤周作「沈黙について」講演者:遠藤周作


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梅の花が咲きました。

2017-02-01 22:06:45 | Stroll
今日は暖かくて静かな一日でした。


そして、梅が開花しました。






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青春のロシア・アヴァンギャルド

2017-01-30 21:58:41 | Art

ロシア・アヴァンギャルドの詩人について、前記しましたが、大分以前に画家についてのメモがありましたので、ここに書いておきます。

「モスクワ市近代美術館」所蔵の、およそ100年前のロシアの若き画家たちの作品70点(うち、ニコ・ピロスマニの作品は10点、特設コーナーとなっていました。)の展示です。


 (農婦、スーパーナチュラリズム:カジミール・マレーヴィチ:1920年代初頭)

 さて、「ロシア・アヴァンギャルド」とはなにか?
 20世紀初め、帝政への不満からロマノフ王朝の崩壊、ソ連誕生という革命の機運の高まる時代にあって、若きロシアの画家たちは西欧のマティス、ピカソに学び、さらにその先を行く前衛芸術を目指したものの、スターリンの登場とともに衰退する。亡命する者、この運動の代表的な画家であった「カジミール・マレーヴィチ」は具象に戻る。「いずれにせよ、画家たちは政治と無縁ではなかった。」とは、トルストイの言葉である。

 ではこの「ロシア・アヴァンギャルド」に、何故グルジアの画家「ニコ・ピロスマニ」が登場するのか?その時期の若きロシアの画家たちがピロスマニに夢中になったのは、そのボヘミアン的生き方への憧憬と尊敬があったのではないか?モスクワ市近代美術館は、1999年に開館。「ロシア・アヴァンギャルド」の作品を中心に収蔵、展示。初代館長を務めたグルジア出身の彫刻家、ズラーブ・ツェレテーリ氏が海外から買い戻した個人コレクションが基になっている。この初代館長のもたらした幸運だったのか?


 (小熊を連れた母白熊:ニコ・ピロスマニ:1910年代)

 ニコ・ピロスマニ(1862年~1918年)は19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したグルジアの画家。彼はグルジア東部のミルザーニの村で生まれ、後にトビリシに出て、グルジア鉄道などで働いたが、その後、独学で習得した絵を描くようになる。
 彼はプリミティヴィズム(原始主義)あるいは素朴派(ナイーブ・アート)の画家に分類されているが当人にはいかがなものであったのか?彼はグルジアを流浪しながら絵を描いてその日暮らしを続けた。一旦はロシア美術界から注目され名が知られるようになったが、そのプリミティヴな画風ゆえに非難もあった。
 失意の彼は1918年、貧困のうちに死去したが、死後グルジアでは国民的画家として愛されるようになり、ふたたびロシアをはじめとした各国で注目されることになる。

 「百万本の薔薇」という歌をご存知の方も多いことでしょう。このモデルとなった画家が「ニコ・ピロスマニ」であり、フランスの女優「マルガリータ」が彼の町を訪れた時に、彼女を深く愛したピロスマニは、その愛を示すために彼女の泊まるホテルの前の広場を花で埋め尽くしたという。この実話はロシアの詩人アンドレイ・ヴォズネセンスキーの詩によって有名になり、ラトビアの作曲家が曲をつけ、モスクワ生まれの美人歌手が歌い、世界的にヒットした悲恋の歌です。日本では「加藤登紀子」によって歌い継がれています。
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20世紀初頭のロシア、ソビエトの詩

2017-01-30 21:35:43 | Poem

「世界文学15・ロシア三・集英社ギャラリー・1990年第一刷」より。



マヤコフスキーの手がけたポスター 「寒いのは嫌だろう。飢えたくもないだろう。食ってみたいだろう。一杯飲りたいだろう。──だから直ぐにでも突撃作業班(ウダルニク)に加われ」というコピーがマヤコフスキーの作。

20世紀のロシア文学は、1917年から始まったロシア革命と切り離して考えることは不可能だろう。詩人に限らず、人々の大量亡命がはじまる。あるいは流刑地での死、迫害による沈黙など。
その時代には、1909年パリでの「未来派宣言」、1916年スイスから始まる「ダダの運動」、続いて1924年フランスに興る「シュールレアリスム」、ドイツの「表現主義」などなど、この時代に文学と芸術のすべての萌芽が集中しました。

その影響として「ロシア・アヴァンギャルド」が誕生する。
しかし、エセーニンは、1925年に縊死、マヤコフスキーは、1930年にピストル自殺など、詩人にとって(いや、すべての芸術家にとって)困難な時代であった。1932年、すべての文学者は「ソビエト作家同盟」に統合され、30年代の恐怖政治が待ちかまえていた。

  さようなら、友よ、握手も言葉も交わさないが、
  悲しんで眉を濡らしてくれるな、――
  この生のなかで死ぬのは新しいタイプのことじゃあない
  けれど生きることだってもっと新しいことじゃあない。
       (セルゲイ・エセーニン)

  この生のなかで
         死ぬのは難しくない
  生き続けてゆくほうが
         はるかに難しいのだ。
       (マヤコフスキー 『セルゲイ・エセーニンへ』)
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『天使にショパンの歌声を』&『天使にラブ・ソングを』

2017-01-29 13:11:30 | Movie
2017.1/14公開『天使にショパンの歌声を』予告編


Oh Happy day/『天使にラブ・ソングを2』より【映画】


この2編の映画のテーマはとてもよく似ていました。
舞台は修道院にある学校。
音楽が子供の心を救う。
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『くまのアーネストおじさんとセレスティーヌ』

2017-01-27 16:50:28 | Movie
映画『くまのアーネストおじさんとセレスティーヌ』予告編


これは、フランスのアニメーション映画です。

熊のアーネストおじさんと、ネズミの少女セレスティーヌの、異なる種族を超えた愛情物語でした。
何気ない物語ではあるが、画面の色彩がやさしい。

ディズニー・アニメには見られない静かな色調でした。
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