オトナの遠足 in嵯峨野

2011年11月27日 23時59分59秒 | 京都
秋晴れ・紅葉見頃の日曜日!
以前から予定されていた「京都学特殊講義」の巡検に参加してきました。
去年は東山でしたが、今年は嵯峨野。主に近代の古典文学イメージが形成されてきた場所を巡ります。

集合は嵐電の嵐山駅。
JRの嵯峨嵐山駅から歩いて行ったのですが、歩行者天国状態の長辻通は案の定すごい人だかりで、歩くだけでもう大変…。
それでも13:30に全員が集合して、まずは渡月橋の方へ向かって巡検スタート。


最初に、渡月橋の手前で折れて、大堰川の北岸を歩いた先にある「小督(ここう)の旧跡」を訪れました。
この名勝は謡曲の「小督」にうたわれている、源仲国が小督の局を探す時に彼女が弾いていた琴の音を頼りに探し当てたことに由来します。
近くには仲国が琴を耳にした場所とされる「琴きき橋」の跡もあり、謡曲のイメージによってつくられた名勝が点在しています。

それから天龍寺の境内に入りました。
相変わらず大勢の観光客で賑わっていましたが、我々は彼らが決して向かわない先へ…


嵯峨天皇・亀山天皇の天皇陵です。
平安時代の天皇は法華堂がそのまま天皇陵となっています。

それから長辻通に戻り、少し北上。
途中で嵯峨小学校前を通りました。ここは明治時代から続く小学校で、この辺りは1931年に京都市に編入されるまで「嵯峨村」として村の中枢を担っていたそうです。
また、近くを通っていた愛宕山鉄道の話にもなり、先生が、
「この中には鉄道に詳しい人が居ると聞いておりますけども…」
と言われた瞬間、みんなの視線が僕ともう一人の友人に集中しました。
いや、鉄道好きはどっちでもいいのですが、いったい誰がそんなことを言ったんでしょうか(--)


そしてJRの踏切を越え、丸太町通も越え、清凉寺に着きました。
門前の通りは如何にも門前町らしい雰囲気を出していて、普段よく通る妙心寺とも似た雰囲気でした。
そういえば、ここに来るのは…小学5年生の遠足以来でしょうか。それこそ今日の巡検のコースをスタンプラリー方式で回った覚えがあります。

さて、清凉寺の境内に入りました。
ここでも普通の観光客が行かない場所に。


まるで隠れるようにしてある、源融(みなもとのとおる)の墓です。
源氏物語に描かれた光源氏のモデルとされた源融。もうちょっと陽の当たる場所に眠らせてあげられないものでしょうか…(笑

続いて豊臣秀頼の首塚へ。


こういう石碑は、必ず裏に何か書いてあるはずです。


裏側。「大坂 落城」の文字が読み取れます。
秀頼のものとされる頭蓋骨が発掘されたのは1980年だそうなので、だいぶ最近ですね。




さて、引き続き山の方へ上っていきます。


途中には「あたご道」の道標が残っていました。
愛宕山へ続く古くからの参詣道です。近代には先述の愛宕山鉄道をはじめとして多数の参詣鉄道(生駒ケーブルなど)が開設されました。


しばらく歩いて、二尊院に着きました。
門の向こうに紅葉のトンネルがチラッと見えています。アクセスが大変な場所なのに、ここもすごい人だかりでした。


色づいた紅葉が迎えてくれました。
ここで記念写真を撮ったのですが、いい立ち位置が分からず、結局は前半分で中腰になりながら、女子と同化する形で写ってしまいました…。


二尊院では15分ほど自由行動が設けられました。
この秋、まだ紅葉の撮影をしていなかった自分にとっては格好の撮影タイムです。

ところで、二尊院には歴史上の有名人物のお墓が多数あります。


角倉了以・素庵の墓です。
京都の水運を切り拓き、美術・文化面でも大きく貢献した彼らのお墓は今でもきれいにされていました。


こちらは上からですが、三条実美のお墓です。(奥のいちばんきれいな墓石です)
他にも鷹司家のお墓もあり、京都の西の端に眠ることを決めた公家たちが西方浄土を強く意識していたことが分かります。


ふと東を見ると京都市内が一望出来ました。
大文字山や船岡山なら見慣れていますが、この角度からは新鮮です。

一通りお墓を見終えた後、最後の目的地へ…。


途中で噂の(?)檀林寺の前を通りました。
残念ながら今回は寄りませんでしたが、先生曰く「探偵!ナイトスクープで言うところのパラダイス的なものがたくさんあります」とのことで、ここは次の機会に必ず。

そうして、祇王寺に着きました。


境内の嵯峨菊です。細~い花びらが特徴的です。


境内の庭です。
祇王寺の「祇王」とは平清盛に見初められた女性でしたが、彼女が浮世を離れて尼となったのがこの地。
そして近代では智照尼で知られることとなり、また文学のなかで嵯峨野のイメージというものが定着しました。
ここ祇王寺は、嵯峨野の持つ「女性性」が最も強く表れている場所と言ってもいいでしょう。


苔むした庭の上に落葉している様子がいい感じだったので一枚。
たとえイメージづけられたものでも、やはり観光客にとって京都の紅葉というものは特別なものなのかもしれません。
これはとうぶん、いや、おそらくずっと廃れないのだろうな…と思いました。


屋根だけですが(笑)、1895年に北垣国道が寄進した茶室です。
こんなところで、葉が落ちるのを眺めつつ、静かにゆっくりとお茶を点てるのも風情がありそうです。

そうして祇王寺を出てひたすら歩き(この辺りで空腹がピークになり、出店の誘惑が連続する)、野々宮神社をの脇を通りました。
もう日も暮れる頃、タイミングよくJRの踏切が鳴ったので二人だけ思いっきりテンションが上がりました。


撮るつもりはなかったのですが、「撮ってるとこが見たい」と言われたので一枚。
リクエストには弱い。

それからおなじみの竹林を抜け、時間にして17時過ぎ、嵐電の嵐山駅で解散となりました。
しかし、半数ほどはそのまま残って先生に付いていきます。


渡月橋を越えて…


バス通りに面した「鳥市」さんで打ち上げです。
こちらは昭和8年開業のお店で、「鳥すき」なるものを初めて食べました。


元々すき焼きは鳥を使うものらしいですが、とてもヘルシーでおいしかったです。
先生や、普段あまり話さない人とも話せたり、最近こういった機会が少ないだけに楽しい時間でした。

帰りはまたJRで。


おまけ。
京都で折り返し発車待ちの、乗ってきた列車と、特急「はしだて5号・まいづる5号」。
最近の電車通学でよく乗る/撮る両者です。分かりにくいですが、左のKTR8016は検査明けの車両です。

今日の巡検は、確かに観光名所を訪れてはいるのですが、その中でも一般の観光客から見ると「?」な場所に集団で入っていったりするので、そういうところが少し恥ずかしくもあり、けっこう快感でした。
まるで一味も二味も違う京都観光のようで、今まで地元としてもイメージを通して見ていた「嵯峨野」という場所の本質に少しでも迫ることが出来たような気がします。
もしかすると、このような場所は他にもあるのかもしれません。自分の研究も進めつつ、更なる京都のイメージに迫っていきたいと思います。