朝狩りの終り。重い詩篇と軽いいら立ちが協奏するアンダンテのなかで弓 大きく反(そ)る 岡井隆(歌集『天河庭園集』所収)
昼間ともなると扇やら新聞やらを手にした貴婦人たちが通ってゆく庭の小道で、その朝、勇猛な自信と果敢な憤懣に満ちた猫のけたたましい唸り声と鳴き声がして、お城の調理長は何事かと窓から半身を乗り出し、その拍子にフライパンのベーコンエッグを草地に落としてしまった。
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【エッセイ】
史書『ブルネグロ年代記』によれば、その日、老齢のブルネグロ飛行男爵は、飛行艇を操作してゐて自分のお城の西塔から誤つて墜落。二〇〇年もののブルネグロ家伝来の飛行艇は直ちに修理に回され、老飛行男爵はベッドの中から周囲に隠退を告げられた由。
【短歌五首】
タイトル:西塔墜落事件余聞~猫舌~
ブルネグロ猫らは二枚の舌を持つ ひとつは行燈油(あぶら)を掬ひ取る極上舌(した)
飛行艇乗りは飛行油(あぶら)掬ひ用匙としてひとつの「猫舌」持つのが掟
男爵の「猫舌(した)」西塔に失はれしこと お城の数人にひそと告げらる
猫舌狩(したが)りは夜刻の底ひなる闇の中 飛行艇修理係の抜き足差し足
ブルネグロ猫の親分背をふるはす(今宵は妙に尿(ゆば)りたくなし)