駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

峠からの眺め

2018年12月08日 | 町医者診言

      

 

 Fさんは91歳、独り暮らしのお婆さん。院内は杖歩行だが一人で歩ける。診察室に入る時、少しよろけた。「この頃よろけてよろ子さんになってしまったわ」とにっこりされた。品の良いお婆さんというより老婦人という方で、お頭の方はまだまだしっかりしている。漸く介護を申請される気になり、ホーム入所も考え始めておられるようだ。

 Nさんは89歳、一年前までは一人で来れたのだがこの頃はアラカンといっても女優並みに美しい娘さんに連れられてやってくる。息子さんはNさんに似ているのだが、お嬢さんはちょっとクオーターのようで大柄だ。「娘は主人に似たのね」と言われる。だいぶん背中が丸くなり、診察する時ベットにあおむけになれない。「背中が丸くなりましたね」に「人間が丸くなればいいんだけど」とにっこりされた。

 Tさんは92歳、分限者で駅前に広い土地を持っておられる。駅前の再開発に伴って一部の土地をどこかの店舗に貸与されるようだ。ぼつぼつ工事が始まっている。「駅前も変わりますね」、「完成する頃にゃ、わしゃ死んでる」とにべもない。慌てて「百まで大丈夫ですよ」と申し上げたのだが。

 今は少し幸運に恵まれれば90に手が届く時代だ。しかしこれは所謂一つの峠で、かなり幸運でないと矍鑠とは越せない。どこか自分を客観視できる脳力を保って、この峠に立てれば僥倖と街中の臨床医は思う。

コメント
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