駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

泰然自若の人

2015年11月01日 | 診療

               

 今日から十一月、昨日は盛り下がり気味のバレンタインデーの代わり?のハロウイーンに、街は若者で賑わったようである。たむろするとか練り歩くとか、ああそういう年頃もあったなと思い出す。私には今は昔のことだ。

 三十年前ほどではないが、今でも癌を恐れる患者さんは多い。一方本当に泰然自若と癌を受け止める人も居られる。Kさんは糖尿病と高血圧で、もう二十三年当院に通院しておられる。正確には二十五年と言った方が良いかも知れない。最初の二年は高齢の父親を連れて付き添いで通われた。几帳面で自己管理のきちんと出来る人で、だから糖尿病があっても八十八才まで矍鑠としておられるのだと思う。八十才になってから一時スペイン語を習っておられた。認知が出てきたわけではないが、二年ほど前から自宅菜園や習い事は徐々に辞められた様子だった。夏の終わり頃から上腹部の違和感を訴えられるので、胃の検査をしたところ、どうも怪しげな所がある。懇意にしている総合病院のN医師に精査を依頼したところ肺癌がありその胃転位だと報告が帰って来た。

 紹介状の返事を読んで顔を上げると、Kさんはそう言われましたと淡々としている。思わず「大丈夫ですか」と聞いてしまった。「もう十分生きましたから」と微かに笑い、全く意に介さない様子だった。「あの胃薬効くので又下さい」と言いながら立ち上がり、踵を返すといつものように早足で帰って行かれた。付いていた看護師のMさんに顔を向けると「本当は心配されているんじゃないでしょうか」と言う。私には掛け値なく泰然自若と見えた。

コメント
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