人生には後悔がつきまとう。それを忘れ、あるいは忘れようとして生きているわけだが、この歳になってもっと早く読んでおけば良かったという本に出会い苦笑いしている。正確には本と言うより人を知ったという方が正確かもしれない。未見の人で、これからもお会いする機会には恵まれないと思うが、それは中井久夫先生だ。先生と呼ばれてはご迷惑だろうが、そう呼びたくなる方だ。
元はといえば医師として好ましくないことなのだろうが、正直に言えば精神科医に対するある種の不審感と精神病に対する無力感を私がどこかに持っていたことが、お名前を存じ上げていても著書を手にしなかった理由である。たった二冊ばかり読んで、あれこれと口幅ったいかもしれないが、プディングの味は一口でわかる。
「世に棲む患者」にはなるほどそうだったのかと思うことが書いてある。私は精神科医ではないがものすごくよく分かる。若い精神科医がどう受け取っているかは知らないが、四十年の内科臨床医には確かにそうだと脳みそに言葉が浸みた。
十五年、二十年前に読んでいれば私の内科診療も多少違っていた気がする。私なりに精神科境界領域の患者さん達に対する対応法を編み出してはいたのだが、そうかこうすればもっと良かったのかという言葉にいくつか出会うことができた。
プディングの味は一口で分かると大口を叩いたが、それは優良品であることが分かるという意味で、もう少しゆっくり深く中井久夫の本を読んでいかねば味わったとは言えないと承知している。