「下町ロケット」が第145回直木賞を受賞し、池井戸潤という名前を知った。野田首相も読んだらしい。私は岐阜県出身で、岐阜は地味な土地柄で小説家なぞ生まれにくいように思っていたが、最近は岐阜県出身の作家が増えているので不思議に感じていた。
池井戸潤が岐阜県出身と知って妙な動機だが、どんな話を書くのだろうと「仇敵」という文庫本を読んでみた。そこには私の知らない金融という世界の信じがたい軋轢や不祥事が恋窪という地方銀行の庶務行員によって適度な緊張感と優れた臨場感の元に解き明かされていた。恋窪は訳ありの過去を持つ有能な元都市銀行の総合職で、その経歴が積み重ねられてゆくエピソードに絡んでくる。
金融界は全く医師とは縁の無い世界で、まず役職がわからない、次いで用語が理解できない。それでもなんとかストーリーは理解でき、面白かったのであるが、こんなことが本当にあるのだろうかという気持ちがした。お金が絡むとこうした驚くべき(私には)悪事が起こるのだろうか?。著者には実際に都市銀行勤務の経験があり、ある程度本当なのだろうと思い、複雑な気持ちになった。
総合病院では私の知る限り人事ではいろいろな争いや軋轢があるが、私腹を肥やそうとする医師は殆ど居ないし、悪意ある医療行為はまずない。過剰な医療行為が収益に結びついているのを悪意とすれば、過剰の判定は微妙であるが、複数の目が行き届かない医療機関では多少あると思う。薬や検査機器の納入に絡む不祥事が以前はかなりあったらしい。
しかし、殆どのトラブルは能力不足や経験不足からくる過誤や誤診(本当の誤診は少ない)やコミュニケーション不足から来る誤解に基づいたものだ。池井戸潤の展開する金融界の暗闘は医師である私にはちょっと違う世界のできごとのように思われた。
池井戸潤はやはり岐阜県人だと思ったと牽強付会な感想を最後に付け足しておこう。恋窪という主人公のキャラクターは岐阜県人好みなのだ。
下町ロケットもいつか読んでみよう。